2011年05月16日

おしまいのおしまい

どんな関係にもいつかは終わりがくるのであって、そういう意味では永遠などないというのは、それはそれで正しいことになるのかもしれない。

もちろん「死」というのは端的な終わりではあるけれど、そういった究極のものではなく、例えば恋人との別れとか、友人と気まずくなったとか、すれ違ってしまった気持ちとか、そういうものの「おしまい」のほうが、なんとも儚くて切ない。

もしああしていれば、と思うことに何の意味もないし、過去に執着すること自体に後ろ向きな姿勢があるわけで、それを肯定するわけないはいかない。

でも、いつまでもこうしていたいと思う時、すでにいつか終わりが来ることの予感を感じないことはないのではないかなあ。


すっと、こうしていたいねえ。


kishidashin01 at 23:45│clip!日常