2011年02月11日

記憶の隅

ブログをよく読んでくれているような方から『(広重さんは)よく昔のことを記憶していますね』と言われることがしばしばある。

確かに私は記憶力がいいほうかもしれない。
今はもうやらないのでわからないが、昔はトランプの「神経衰弱」というゲームやかるたなどはずいぶん得意なほうだった。

しかし断片的な記憶もずいぶんあって、ブログに掲載したり、文章としてまとめるにはほど遠い記憶もある。非常につまらない些細なこと、他人が発したなんでもない言葉、どうでもいいような情景、思い出したくないような険悪なムードなど、いろいろだ。


例えば今日、帰宅途中に急に思い出した記憶はこんな話だ。

もう20年くらい前、私は京都に住んでいた。バンド関係で知り合った10代の女の子が、お金がいるという。バイトでは足りないので、顔を出さない条件でヌードモデルをやりたい。広重さんの方でそんな仕事をしている人がいたら誰か紹介してもらえませんか、という。

当時林くんの彼女だった女性がモデルの仕事をしていて、その関係の人を紹介してもらえることになった。平日の夕方6時か7時くらいに大阪の梅田で待ち合わせることになった。女の子は不安だし、私についてきてほしいという。私もよほど人がよかったのか、ヒマだったのか、彼女と梅田まで同行した。

今のように風俗やモデルの仕事が簡単に見つかる時代ではない。インターネット環境も携帯もない時代、実際こういった紹介でしかヌードモデルの仕事などなかったのかもしれない。

梅田で会った男性は、カメラマンなのかそういった仕事を斡旋してくれる仲介の人だったのか、どうもそのあたりは記憶があいまいだ。結局その男性と私と女の子で喫茶店を3件もハシゴして3時間も話をしたけれど、最後まで"じゃあいつどこで写真を撮るのか"という話にはならなかった。まあ写真の話がきたら連絡するよ、という程度の結論で、その後彼女にその男性から仕事の電話は1本も入ることはなかった。

今にして思えば、顔を出さないヌード写真の仕事など元々なかったのではないか、知り合いから若い女性が仕事を探しているという頼み事をされてしかたなく会うだけ会ってみようということになったのではないか。男には少しは下心くらいはあったかもしれないし、それが私が同行することで話が進行しなかったのかもしれない。

大阪からの帰り道、阪急電車の中で彼女は『なんか、はいじゃあいつどこで写真撮ります、みたいな話になるんかと思ってたら、なんもなかったなあ!でもなんか、ちょっとふっきれたわ』と、サバサバした様子だった。
私は彼女にヌードモデルの仕事を紹介することができなかったことを悪かったなと思っていたが、そもそも何の関係もない3人が3時間もお茶を飲んで話をしていたこと、それがなんだか可笑しく感じていた。

もうこの男の顔も覚えていない。彼女とも20年ほど会っていない。この三者面談のことだけが記憶の隅に残っているだけである。




kishidashin01 at 23:34│clip!日常