2010年10月29日
四重人格
非常階段の単行本を刊行してくれた出版社の営業の女の子が、自身のブログに私のことを書いてくれた。
二度寝
今月の中旬に大阪のタワーレコードでインストアライブを行った際、彼女は司会をしてくれたので、関西の方も彼女のことは覚えているかもしれない。くったくのない、かわいらしいお嬢さんだ。
本を売るのが彼女の仕事。
最初に彼女にあった時、私は彼女のかわいらしい風貌から、きっと出版社からこの非常階段の本を売れと言われ、わけのわからない本を売らされてさぞイヤな思いをしているのではないかと心配していた。
しかし何のことはない、むしろこういった音楽は好きで、楽しみながら仕事ができたと言ってくれた。
でも私のことはステージで凶暴な姿を見ているから、きっとヘンな人と思って距離をおいているのではないかと思っていたら、このブログに書いてくれたように、人間として興味を持って接してくれていたようで、嬉しいような恥ずかしいような気分だ。
非常階段のJOJO広重。
その側面で語られることが一番多いため、私のことを恐い人だと思っている方が大半である。
もちろん占い師として、スポーツカードの専門家として、会社の経営者として私と接している人は単純に恐がったりはしないけれど、それでも少し私と深くかかわると、私にはいくつかの肩書きがあり、どれもが直接はリンクしない内容だったりするため、かえって怪しむか、もしくは別の世界があるんですねと思う程度で私そのものに興味を持ってくる人はそう多くない。
なので、それでいいと思っている。
いくつかのバラバラな私自身をいちいち説明するのは面倒だし、知られたくない面だってあるわけで、あまり腹を探られたくない気持ちもある。
ただ、こういったたくさんの人格があることが、単純に「非常階段のJOJO広重」という存在を、音楽の側面から"ノイズの探求者"として研究しても、結局はその本質にたどり着けない要因になっている。広重さんはノイズが好きなんでしょう、と思うなら、いや日常でノイズ音楽なんて一切聞かないよという、すでにはぐらかすことの出来る位置に私はいる。
だからこういった本の営業という側面と、非常階段のJOJO広重という側面の両面から私を見られたりすると、ちょっといくつかのことがバレてしまう。さらに彼女のように、私の別な顔を興味を持って探られると、さらにいくつかのナゾが解明されてしまうので、実はちょっと困ったりする。(笑)
誰だってそうだろう。学校や会社での顔と、自宅での顔は違うはずだ。プライベートな顔はもっと違うだろう。
私は表だっては極端に異なる顔であっても、どれもが私であり、私の中では区別がついている。
「人生即演劇」
これは私が中学生の時に演劇部の顧問だった畝目先生が、中学卒業の時に我々に贈ってくださった言葉だ。15才の時にはその意味はわからなかったが、今はわかる気がする。
今の私が言うならば「人生即ライブ」だ。
人生そのものが即興演奏ではないか。
彼女には見せなかった一面もいくつかある。
それを見せれば、きっと彼女は私のことを嫌いになるかな。
そんなことを思いながら、彼女とすごした本を売るための営業は楽しい時間だった。
でも、あまり私のことを研究しないでください。
物事を前向きにしか見ていないJOJO広重と、その真逆に果てしなく後ろ向きなJOJO広重もいるから、そちら側に君を巻き込みたくないのです。
いつかまた、君と一緒に仕事ができる日が来ますように。
ありがとう!
二度寝
今月の中旬に大阪のタワーレコードでインストアライブを行った際、彼女は司会をしてくれたので、関西の方も彼女のことは覚えているかもしれない。くったくのない、かわいらしいお嬢さんだ。
本を売るのが彼女の仕事。
最初に彼女にあった時、私は彼女のかわいらしい風貌から、きっと出版社からこの非常階段の本を売れと言われ、わけのわからない本を売らされてさぞイヤな思いをしているのではないかと心配していた。
しかし何のことはない、むしろこういった音楽は好きで、楽しみながら仕事ができたと言ってくれた。
でも私のことはステージで凶暴な姿を見ているから、きっとヘンな人と思って距離をおいているのではないかと思っていたら、このブログに書いてくれたように、人間として興味を持って接してくれていたようで、嬉しいような恥ずかしいような気分だ。
非常階段のJOJO広重。
その側面で語られることが一番多いため、私のことを恐い人だと思っている方が大半である。
もちろん占い師として、スポーツカードの専門家として、会社の経営者として私と接している人は単純に恐がったりはしないけれど、それでも少し私と深くかかわると、私にはいくつかの肩書きがあり、どれもが直接はリンクしない内容だったりするため、かえって怪しむか、もしくは別の世界があるんですねと思う程度で私そのものに興味を持ってくる人はそう多くない。
なので、それでいいと思っている。
いくつかのバラバラな私自身をいちいち説明するのは面倒だし、知られたくない面だってあるわけで、あまり腹を探られたくない気持ちもある。
ただ、こういったたくさんの人格があることが、単純に「非常階段のJOJO広重」という存在を、音楽の側面から"ノイズの探求者"として研究しても、結局はその本質にたどり着けない要因になっている。広重さんはノイズが好きなんでしょう、と思うなら、いや日常でノイズ音楽なんて一切聞かないよという、すでにはぐらかすことの出来る位置に私はいる。
だからこういった本の営業という側面と、非常階段のJOJO広重という側面の両面から私を見られたりすると、ちょっといくつかのことがバレてしまう。さらに彼女のように、私の別な顔を興味を持って探られると、さらにいくつかのナゾが解明されてしまうので、実はちょっと困ったりする。(笑)
誰だってそうだろう。学校や会社での顔と、自宅での顔は違うはずだ。プライベートな顔はもっと違うだろう。
私は表だっては極端に異なる顔であっても、どれもが私であり、私の中では区別がついている。
「人生即演劇」
これは私が中学生の時に演劇部の顧問だった畝目先生が、中学卒業の時に我々に贈ってくださった言葉だ。15才の時にはその意味はわからなかったが、今はわかる気がする。
今の私が言うならば「人生即ライブ」だ。
人生そのものが即興演奏ではないか。
彼女には見せなかった一面もいくつかある。
それを見せれば、きっと彼女は私のことを嫌いになるかな。
そんなことを思いながら、彼女とすごした本を売るための営業は楽しい時間だった。
でも、あまり私のことを研究しないでください。
物事を前向きにしか見ていないJOJO広重と、その真逆に果てしなく後ろ向きなJOJO広重もいるから、そちら側に君を巻き込みたくないのです。
いつかまた、君と一緒に仕事ができる日が来ますように。
ありがとう!