2010年10月24日

THE LOWEST FORM OF MUSIC 3日目

結局、リハと本番の間が何時間もあるため、その間はメンバーで話をし続けるしかない。我々は知識もボキャブラリーも豊富なため、何時間でもしゃべり続けることは出来るが、くだらないギャグやダジャレ、どうでもいい話題もふんだんにある。

なんのこっちゃい西山さんの話題になったとたん、「どんなもんじゃい東山」とか言い出すしまつで、「おいしいレストランもあるよ北山」とか、京都に住んでいる人にしかわからない(住んでいる人でもわからない)ようなギャグまで飛び出して。西山さん、こんなところで語られているとはツユも思っていないでしょうに。

さて今日は朝の10時から非常階段のサウンドチェック。
昨日のインキャパシタンツの一件があるので、リハは小音量でてきとうに演奏しよう、本番は爆音で、という、いわゆる「三味線を弾く」である。Wikipediaにも『相手を惑わすことを「三味線を弾く」という』とある。つまりはごまかし、イカサマである。
1990年代に「ニセ非常階段」というユニットを1回だけやったことがあるが、これは「イカサマ非常階段」だね、とニヤニヤ笑いながらリハを敢行。しかしこの一部手をぬいたようなインチキな演奏がなかなかよかった。小音量の非常階段も案外面白い、というヘンなオチもついた。

本番までの間にはエアウェイの女性ボーカル・ヴェッツアのワークショップが2階会場であった。ヴェッツアはジャズシンガーだった時代の話、発声の仕方、言葉を使ってのボーカリゼーションなどを10数名のワークショップ参加者と共に進めていく。JUNKOさんが途中で呼ばれてヴォイスで参加、私や美川くんも参加しての、ヴェッツアとのボーカリゼーションのかけあいは本当に楽しかった。
19才の時に聞いたエアウェイのLP。そのボーカリストと31年後に共演できるなんて、なんという幸せだろう。

夕方からはデヴィド・トゥープによるトークイベントに美川くんと私が参加。LAMFSのレコードが日本に入ってきたきっかけや、影響、非常階段結成の経緯などを話した。

ライブは非常階段の前に出演したTHE TENSESというユニットがおもしろかった。スメグマのメンバーによる別ユニットなのだが、1974年までのドイツプログレッシブロックの雄・ファウストが、そのまま現代によみがえったような、非常に70年代テイストのエレクトロ・アウトサイダー・ミュージック。感服しました。

非常階段は予定通り、前半5分は小音量によるインチキ非常階段。ステージ前に群がって今か今かと待ちかまえる観客も拍子抜けで『??』の表情、それをみすかして突如私の「行くぜー!やっちまえ!!」のかけ声でみんながいっせいに爆音につぐ爆音、私もギターもアンプも振り回しての熱演で観客も大暴れのモッシュ&ダイブ大会。昨日の借りをPAにたっぷりお返ししました。
あとでPAエンジニアが主催者に怒っていたらしいが、どうせ非常階段がイベントのトリ、後の祭り。主催者も観客も非常階段を最高に楽しんでくれました。
リック・ポッツが「頭がクビからもぎとれて、会場をゴロゴロ転げ回ったような感動だった」と喜んでくれたのがとても嬉しかったなあ。

終演後は熱心なファンにサインをねだられたり、物販でCDがたくさん売れたり、みんな笑顔でした。いいツアーの最終日。

さて、昨日のフライドチキン屋に急げ!とホテルに戻ってから駆けつけたのですが、日曜日の夜とあって12時でお店は終了、昨日の店長の姿も見えず、とても残念でした。(笑)


kishidashin01 at 23:59│clip!ライブ