2010年05月24日

哀愁のベトナム切手

先日のアップリンクファクトリーでのトークイベントの中で、私が小学生の時に切手を集めていた話を少しした。

いわく、記念切手を集めるのは切手収集の趣味の初心者で、だんだん上級になると普通切手(通常切手)を集めるというものだ。
司会進行の松村さんはなんのことかわからなかったようだが、記念に発行されるような限定版の切手ではなく、通常の郵便物に貼られるような切手を集めるということである。

なぜかというと、普通切手は同じ図柄で何年も発行され続けるのだが、印刷時期によって微妙な色の濃淡やトリミング、非常に細かいデザインの差異があり、そこを楽しむのが通なのである。
また記念切手は保存している人が多いが、普通切手は未使用で保存している人が少なく、後年になるとある時期の普通切手の未使用のものは入手が難しくなってしまう。

私が集めていた時期は葉書7円、封書15円の時期で、キクの図案の15円切手をずいぶん集めていた。コイル切手や、ある時期の15円切手は当時でも値段が高く、未使用のものはなかなか手に入らなかった記憶がある。
使用済み切手1キロ入りの大袋を買ってもらい、タライで水はがしをして、その大量の切手の中から珍しい15円切手が見つかるととても嬉しかった記憶がある。

だいたい切手収集は普通切手か消印に至るのがコレクターの行き先だった気がする。

私は日本切手(記念切手、普通切手)とFDC、万博切手、絵画切手、ベトナム切手を集めていた。

FDCとは切手の発売日に、その発売を記念したその日だけの消印が発行されるので、封書にその新切手を貼って消印を押してもらいコレクションにするものだ。
これはずいぶん集めたし思い出もいくつもあるが、長くなるのでまた別の日のブログに書きます。

万博切手は1970年の日本万国博博覧会を記念して世界中の国から記念切手が発行されたもので、いいかげんな日本のイメージを使用した切手が大量に発行され、とてもおもしろかったのである。三波春夫の切手とか、昭和天皇の切手も発行されたが、天皇の切手は日本からクレームがついて(天皇の肖像に消印を押すというのはけしからんという理由だったと思う)発行中止になった。

絵画切手は小学生の間でモナリザの切手が流行ったり、女性のヌードを絵画で描いた切手が発行されたりして、話題になったから集めていたのだろう。ミロのヴィーナスの切手は男の友人から『見せてくれ!』とよく頼まれた記憶がある。

一番わからないのがベトナム切手である。ベトナム切手は非常に地味な切手で、ほとんどが単色印刷。ベトナムの農村を描いたものがほとんどで、今見ても日本の小学生がなぜこんなものを集めていたのか、自分でも不思議である。
おそらく海外切手の配布会に入会したが、お小遣いに限りがあり、毎月の新発行切手で買えるのがベトナムの切手だったのだろう。

しかし集めてみると地味な切手にも愛着がわき、ずいぶん多くのベトナム切手を集めてした。
もっと古い年度のベトナム切手がどんな図案か興味がわき、しかし日本でベトナム切手カタログなど発行されるわけもなく、ましてまわりにベトナム切手のコレクターなどいるわけもなく、小学生の広重少年はずいぶん頭をひねった。
そんな時に目についたのが「世界切手カタログ」である。

今も発行されていると思うが、当時はイギリスのスタンレー・ギボンズ社と、アメリカのスコット社の切手カタログが有名だった。
全世界の発行された切手がすべて掲載されているとあって、辞典のような大きな版型の本だったが、お年玉をはたいてギボンズ社のカタログを買った。

残念ながらカタログに掲載されていた写真はモノクロだったが、この本によって私はベトナム切手のほぼ全容はつかむことができた。しかしいかに安価なベトナム切手とはいえ、発行初期の切手には高額の値段がついており、子供ごころに『全部の切手を集めるのは無理だなあ』と、軽く絶望感をいだいたのを覚えている。

今にして思えば、ベトナム切手を発行された時期から現在に至るまで全部集めるなんてとうてい無理な話で、しかも集めたところでなんになる、というしろものだが、当時はたぶんいろいろなことを考えていたのだろう。

しかし1970年、日本でスタンレー・ギボンズ社の世界切手カタログのベトナムのページを広げ、ためいきをついていた小学生は私一人だったと思う。
そんなことは何の自慢にもならないが。


kishidashin01 at 23:04│clip!日常