2009年10月29日
おなじこころがひとつだけあれば
自分が好きな音楽、しかも誰にも話したくないような特別な音楽を、誰か他の人もその音楽が好きだと知った時、たまらなく心が通じた気分になる。
でも、それは本当に通じているのだろうかと、思うことが多い。
ビートルズが好きだとかストーンズが好きとかじゃなくて、例えばダンカン・ブラウンのソロのセカンドが好きとか、スラップ・ハッピー・ハンフリーが好きだなんて言われたら、私だって「おお!同志よ!」なんて気持ちになってしまう。
でも同じ音楽を、同じように感じていることは、実は少ないのではないか。
私が信じている音楽と、君が信じている音楽は同じ一線で結ばれてはいても、どこかの線は微妙にズレているのではないか。
同じ夕日を見つめていても、同じように感じているとは限らない。
人はどこまでも孤独であり、こころはひとつづつであるからこそ、こころであるからだ。
救いがあるとすれば、見つめている夕日は、いつだってたったひとつだということだろう。
音楽で結ばれなかった君へ。多くの孤独な仲間たちへ。
君たちを思いながら、明日は精いっぱいの声で、歌いたい。
でも、それは本当に通じているのだろうかと、思うことが多い。
ビートルズが好きだとかストーンズが好きとかじゃなくて、例えばダンカン・ブラウンのソロのセカンドが好きとか、スラップ・ハッピー・ハンフリーが好きだなんて言われたら、私だって「おお!同志よ!」なんて気持ちになってしまう。
でも同じ音楽を、同じように感じていることは、実は少ないのではないか。
私が信じている音楽と、君が信じている音楽は同じ一線で結ばれてはいても、どこかの線は微妙にズレているのではないか。
同じ夕日を見つめていても、同じように感じているとは限らない。
人はどこまでも孤独であり、こころはひとつづつであるからこそ、こころであるからだ。
救いがあるとすれば、見つめている夕日は、いつだってたったひとつだということだろう。
音楽で結ばれなかった君へ。多くの孤独な仲間たちへ。
君たちを思いながら、明日は精いっぱいの声で、歌いたい。