2008年05月17日

パワー、パワー

今週は誰それが死んだとか、死にたいとか、そういう言葉やニュースをよく聞いた。
そう思うのはかまわない。死にたいと思うことは、人間としてぜんぜん普通のことだ。もっともっと死にたいと思え。生きていることがいやになれ。そう、思う。

そして、そう思うことこそが、明日を生きるパワーになるのだ。矛盾などしていない。極度のマイナスは次にプラスに転じるのだ。中途半端なマイナス思考こそ、無駄の極みだ。本当に死にたいとくらい思うからこそ、こんな日本の明日を、こんな世界の明日を生きていけるのである。強く、生きていけるのだ。


今日はベアーズで「ノイズメーデー08」のライブ。
お客さんも多く、結局対バンはひとつも見れなかったが、おそらく前半の若手ノイズチームと、後半のアルケミーチームでは、根本的なパワーが違っていたように思う。
もちろん前半チームが弱いとかそういう意味ではなく、マゾンナやソルマニアや私はもう20年以上継続して演奏活動をしているという、そこの部分のことである。

つまり、やめないのだ。やまらないのだ。
お客が入ろうが入るまいが、場所がどこであろうが、どんな悪条件にあっても、精神的につらい思いをしても、金があってもなくても、音楽やノイズをやめることはなかった。いや、やめたいと思ったことはあったかもしれないが、やまらないのである。こういうのは遠藤ミチロウくんも三上寛さんも灰野敬二さんも、いっしょだ。


自殺するなら、もっと若くてかっこよかった時にしているだろう。事故や病気で死ぬようなタマじゃあなかったのかもしれないが、そもそも死んだやつに『いいかっこすんじゃねえよ』よツバをはくようなタマだったのだろう。

つまりは我々より頭のいい哲学者や政治家や宗教家は世界中にいくらでもいるわけで、そんなにえらい連中がせいいっぱい考えたところでこんな世の中である。オレたちのような根っからのバカがいくら考えたところで「生きることとは」なんて命題がとけるわけない。

神はなにもしてくれない。こっちから神に投げ縄をかけて、にじり寄るのだ。
幸運は待つのではなく、自分でもぎ取るものなのだ。

もっと、もっと、パワーを。
パワーだ。パワー。
たりなければ私のパワーを受け取れ。もぎ取れ。
恐いものなど、死ななければならない理由など、世の中にはひとつもない。

もっと、もっとだ。




kishidashin01 at 23:59│clip!ライブ