2008年01月24日

昨日の富田さんの質問への答え

音楽が終わるということ。

CDショップはいらない。中古盤屋は残るかもしれないが、新品のCDを店頭で売る必要がない。買いたければネットかコンビニで買える。
今ですら、アマゾンとヤフオクとイーベイがあれば、買えないものはほとんどない。
AMSもモダンミュージックもタワレコもユニオンも、きっとなくなる。なぜなら、商品が売れないから。売れなければ人件費も固定費も宣伝費も払えない。

音楽雑誌もいらない。ネットの情報やblogで十分だから。
音楽ライターという商売も、なくなるかもしれない。

そもそも、CD、アルバムというものが、もういらない。売れないものを作るのは、道楽か趣味か、せいぜいアートでしかない。
過去に発表されたものはデータ化され、廃盤もなくなり、いつでも好きな時に、タダ同然で手に入る。違法コピーはどうやったってなくならない。
アーティストもロイヤリティが入らないものを作ってもしかたない。そしてレコード会社もいらない。流通業者もいらなくなる。

スタジオもたいした器材はいらない。もう今ですらほとんどのスタジオがハードディスクレコーディングである。音質など、すでにどうでもいい時代になっている。必死にこだわった音より、昔のカセットの音源の方が「貴重音源」とか呼ばれて売れるからだ。エンジニアは仕事をするモチベーションを維持できない。

ミュージシャンは自分で作品を作って、自分で管理して、自分で販売する。みんながインディーズだ。そしてライブやコンサートが多くのミュージシャンの営業場所であり、グッズ販売場所であり、ギャラの回収場所になるだろう。

ノイズとかやっている人間にとっては、上記のような状況は今も昔もたいしてかわらない。だからたいした変化もないかもしれない。時代が変わる前に、そのうちに死ぬかもしれない。
ただ、世の中の多くの音楽はそうはいかない。大きな変化を強いられる。それは音楽が音楽であった時とは、大きく形式も存在も意味が違ってくる。

レーベルもCDショップもライブハウスもレコード会社もミュージシャンも音楽雑誌も、根元的な存立意味を問われている。そして大半は、もう負けている。素晴らしい瞬間は確かにあるだろうが、そのために素晴らしくない大量の時間を徒労に過ごす余裕は、もう誰にもない。

それでも、音楽の悦びという、金では買えない一瞬のために命を削る、か?
それとも、休む?
音楽は、君の内側に残っているかい?



kishidashin01 at 23:47│clip!音楽