2010年06月25日
いつか
いつか(穂高亜希子)
静かなとこへ行くときは
どこから僕は現れるの
こころの中のはるか彼方
僕はわからないふりをした
いつか僕の中にあるものを
空に還す日が来るだろう
いつかとおくに行くときにはね
僕はきっと君をおいてくだろう
輝くものを見つけるとき
どこから僕は探し出すの
こころの外の目の前で
僕はつかんでまたはなす
いつか僕がそこにふれる日は
僕がすべて手放す日だろう
君の行方はだれも知らない
それはきっといいことだろう
いつかすべて受け入れた日には
僕は声をとりもどすだろう
いつか聴こえてきた音楽は
僕に何か伝えただろう
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穂高亜希子のこの「いつか」という曲は、今の時代に何度も聞く価値のある歌のひとつである。
"いつか"という言葉自体に、どこか抽象的ながらも未来を信じているような、弱さを肯定した上での強くなりたいという希望をこめた思いを感じることができる。
しかし穂高亜希子の歌う「いつか」は、もっと切なく、もっと絶望的で、そしてもっと力強く前向きな命を感じるだろう。
「いつか」は確かに"いつか"ではあるが、それは"いつか"ではなく"今"なのだ。
否定も肯定もできず、ただ毎日を"生きている価値なし"のように生きる人にとって、"いつか"はいつかではない。
希望とははかない夢ではなく、自分でつかみ取る現実の延長であること。
そして希望や絶望や夢を超えた場所/現象/奇跡をたどる道に進むことこそが、"いつか"にたどり着く方法なのである。
穂高亜希子のこの「いつか」という曲には、実は"問い"ではなく、数多くの"答え"が忍ばせてあるのではないか。
それは1度聞いただけでは一通りの答えであるが、何度も聞くともっと奥の答えが見えてくるのではなかろうか。
そんなふうに思える。
だから私はこの「いつか」を何度でも聞きたいと思うのかもしれない。
2010年7月4日(日) 渋谷アップリンク・ファクトリー 「日曜日のうた」
出演:穂高亜希子+吉田悠樹+JOJO広重、mmm+宇波拓, 「ふたりんこ!」 +shibata