2010年01月26日

スラップ・ハッピー・ハンフリー

24日の渋谷アップリンクファクトリーでのライブ、事前に穂高さんと『もしアンコールがあれば、いっしょに森田童子の曲を演奏しましょう』と話してあった。

昨年吉祥寺のスタジオで穂高さんの曲のレコーディングをした時、機材セッティングしながら穂高さんの肩慣らし的に練習してもらっていた時、突然穂高さんが森田童子の歌を歌いだして『広重さん、一緒に歌いませんか』と言ってくれたエピソードはこのブログでも書いた。

森田童子の曲を(ノイジーに)カバーするという企画は1994年にエンジェリン・ヘヴィ・シロップのメンバーだったミネちゃんと始めたもので、そのユニット名がスラップ・ハッピー・ハンフリーだった。アルバムも1枚作ったが、いろいろオトナの事情もあって現在はとっくに廃盤、再発も出来ないのだけれど、けっこうこのユニットのファンの人がいてくれて、「あのアルバム、好きでした」と言ってくれることがある。

スラップ・ハッピー・ハンフリー名義では東京と大阪で3回ほどライブをしたけれど、ノイズギターの音量が大きすぎて、あまりうまくいかなかった記憶がある。昨年はとうめいロボのちひろちゃんを迎えてスラップ・ハッピー・ハンフリー3というのもしたけれど、彼女は基本的に他人の作った歌は歌えない、というアーティストなので、無理をさせてしまい、これも申し訳なかった。

24日の穂高さんとの演目「みんな夢でありました」は、おそらく今までで一番上出来のスラップ・ハッピー・ハンフリーのライブ演奏だったと思う。



ぼくはもう語らないだろう
ぼくらはもう歌わないだろう
みんな夢でありました
みんな夢でありました
何もないけどただひたむきな
ぼくたちが
立っていた

キャンパス通りが炎と燃えた
あれはアメの金曜日
みんな夢でありました
みんな夢でありました
目をとじれば
悲しい君の
笑い顔が
見えます


この後にファズ全開のギターチューンが入り、次の歌詞の入る瞬間に消えるのだが、そのタイミングも絶妙にうまくいった。

こんな時に限って録音もしていないし、ビデオもとっていない。(笑)

でも、会場に来てくれた人は聞けたのだから、それでいいや。
みんな夢でありました、のだから。


kishidashin01 at 23:59│clip!音楽