2009年07月22日

Mくんのこと

小学校4年生の時、Mくんという男の子が転校してきた。
まだまだプロレスごっこに夢中だった私とOくんは、放課後、さっそくMくんを誘い出し、校庭の砂場でプロレス試合をすることになった。

Mくんは小柄だったが、それなりに力はあったと思う。組み合った時に、お?意外に力あるな、というのが私の第一印象だった。
しかし、技がない。プロレスは相撲ではないので、押し倒したところで終わりにはならない。私は砂場に足をかけてMくんを倒し、顔面めがけてニードロップを2発入れたとたん、Mくんが泣き出してしまった。私はこんなくらいで泣くなよ、とも思ったが、転校生に、しかも転校初日に悪いことをしたなあと思った。

泣いてしまってはもう遊びにはならない。Oくんは「Mくん、大丈夫?広重くんは手加減してくれてたんだよ。本気出したら、こんなもんじゃすまないぜ」などと、慰めているのか脅しているのかわからない言葉をかけている。プロレスごっことはいえ顔面ニードロップとは、今にして思えばいじめに近い気もするが、我々は罪悪感もあったのだろう、そのままMくんを家まで送ることになった。

Mくんの家は我々の通う小学校の区域の中でも、ちょっとガラの悪い地域にあった。成人映画専門の映画館、居酒屋、スナックなどが立ち並ぶ区域だったと思う。両親からは"行ってはいけない"と言われていた地域だった。
Mくんの家は引っ越しの荷物がまだ片づいていないようで、家族なのか兄弟なのかわからなかったが、たくさんの人が出入りしていた。Mくんを家まで送るとお母さんが出てきて、どうぞあがっていらっしゃいと言う。私とOくんは家にあげてもらい、リンゴやお菓子、ジュースなどもごちそうになった。
そこにMくんのお父さんが帰ってきた。お母さんが級友だと我々を紹介したのだろう。お父さんは「君ら、同じクラスなのか。こいつと友達になってやってな。仲良くしたってな。」と我々の肩をポンポンと叩いた。私はプロレスでMくんを泣かせた張本人なのに、お父さんにそんな風に声をかけられて、なんとなく気まずい気持ちになったことを覚えている。お父さんは太っていて、なんだか恐い顔をしたおじさんだった。

家に帰り、転校してきたMくんのことや、Mくんの家のことなどを話すと、両親の顔が曇った。しばらくして私は母親に呼ばれた。「Mくんは悪くないけどね、あの子とはあんまり遊ばないでおきなさい。Mくんの家はね、ちょっとね」と、嫌なことを言う。
私は「なんでMくんを遊んだらだめなの?」と問うたが、明確な答えは返ってこなかった。

翌日は土曜日だったと思う。(当時は土曜日も学校の授業はあったのだ)
Mくんは学校を休んでいた。Oくんに昨日母親に言われたことを話すと、「なんだ、お前、知らなかったのか。MくんはM組というヤクザの家の息子だよ。昨日家に行った時、入れ墨入れたお兄さんがたくさんいたの、お前はぜんぜん気がつかなかったのか!?」と、あきれ顔だった。
私はようやく親の言った言葉の意味が理解できた。でも家がヤクザでも、友達は友達じゃないか、という義憤のような気持ちが自分の中に渦巻いていた。


翌週の月曜日、朝一番に教壇で先生が言った。「Mくんはご両親の引っ越しで転校することになりました」
え?
Mくんはニコニコして先生の隣に立っている。
「短い間でしたが、みなさん、一緒に遊んでくれてありがとう!」
その言葉を残して、Mくんは授業も受けず、学校を去っていった。
わずか4日間、私の知る限り、最短の転校生はあっさりと我々の目の前から姿を消した。



しかし1年半後、6年生の二学期にMくんはまたもや私の学校に転校してきたのである。しかも私のクラスにだ。
すっかり背も伸びて太ってしまったMくんに4年生のころの面影はもうなく、なにか貫禄のようなものすら漂っていた。そうかあ、ヤクザの親分の息子だもんなあと、私は妙に感心していたのを覚えている。
Mくんとはほとんど遊ばなかった。Mくんの新しい家に行った記憶もない。Mくんと会話らしい会話もした記憶がない。
Mくんはあまり勉強は出来なかったはずで、塾へ通い私立中学への受験を目指していた私やOくんとは遊ばず、やんちゃな男子の級友と連んでいたはずである。

小学校の卒業式の後、各教室でクラス別のお別れパーティが行われた。
私のクラスでも先生がひとりひとりに声をかけ、卒業を祝ってくれた。
ほとんどの生徒は地元の公立中学に行くのでまた会えるのだが、私を含む10名程度は私立中学に入学が決まっていたため、これでみんなとは会えなくなるというので、特別にさようならを言う機会を設けてもらった。
Mくんはその時に私の前にやってきた。「広重くん、4年生の時に転校してきた時に遊んでくれたよね。あの時は嬉しかったんだ」と、そう言ってくれた。
Mくんが、私のことをどう思っていたかはわからない。ただ、4年生の時も6年生の時も、顔面にニードロップを入れて泣かしたことを責められた記憶は1度もない。
転校生だからとか、家がヤクザだからとか、なにか特別扱いせず、普通に遊んでくれたということをMくんは素直に喜んでくれていたのかもしれない。
しかし弱冠12才の小学生の私には、そんな気持ちの奥底まではわかっていなかったと思う。

転校生に、転校初日に顔面ニードロップ。
もう40年近く前の記憶だが、いまだに私には忘れられない光景になっている。
青い空、砂場、涙のMくん、肩を抱いていたOくん。

こういう思い出は、一生忘れないのかもしれない。


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