2009年04月23日

逆光線

5月末にアルケミー主催ライブイベント「ソング・オブ・ソングス」の中で、螺旋階段とスラップ・ハッピー・ハンフリー靴能弍蕕垢襪海箸砲覆辰討い襦

スラップ・ハッピー・ハンフリーは1994年、つまり15年前に組み立てたユニットで、森田童子さんの歌をベースにしたものだった。
ここ数日、森田さんのオリジナルを聞き返したり、スラップ・ハッピー・ハンフリー版の録音源などを聞き返しているが、そのせいか、どんどん気持ちが落ち込んでいく。

もちろん森田さんの歌自体の重さもあるが、森田さんの歌を一生懸命聞いていた時期、私が16才くらいから18才くらいの時期の記憶が、決して明るいものではないからだろう。特に18才の頃の記憶は、自分にとって最も重く、思い出すだけでずいぶん疲れてしまう。

孤独感と言ってしまえば聞こえはいいが、ようするにお前などいらない、世の中に一切必要がない、生きている価値など一切ないのだということを思い知らされたのが18の時の記憶だ。人が人を好きになるのが簡単なように、好きだった人のことを嫌いになることなど簡単なのだということを知らなかった、ということなのだけれど、1978年の18のガキだった私には強烈にひびいた。
「逆光線」という曲が森田さんにあるが、あの歌を繰り返し聞いていた、1978年のちょうど4月の今頃の記憶は、今まででも一番苦しい思い出だ。


自分自身がノイズのような、耳もつんざくような爆音、演奏者の身体も心もバラバラに砕けるような演奏に突き進むその前段階には、まぎれもなく森田童子の歌があった。死んでしまえばいいと思いながら生きている身体と、死んでしまえばいいのだという歌を歌い続けて生きている森田さんへの大きな謎、そこからの解答を探していたのかもしれない。


しかし今朝見た夢は、こたえた。
ありがとう、という言葉は最高の感謝の言葉だが、男を傷つける最高の凶器かもしれない。





kishidashin01 at 23:59│clip!日常