2009年02月25日

かつての大阪

非常階段単行本のための取材の旅、大阪編。

天王寺へ。
ロック喫茶マントヒヒの跡地を訪ねる、はずだったが、アポロビルの横の「あべの銀座」やアーケードは完全に撤去され、更地にすべくダンプやシャベルカーが行き来していて、完膚無きまでに取り壊されていた。
マントヒヒのあったあたりは道路が出来ており、見たことのない建物がドカンドカンと建築されていましたねえ。

林くんの葬式に行った5年前はまだ80年代の雰囲気が一部は残っていましたが、こうも変わるとは。
天王寺、そんなに綺麗にして、どうするの。

寺田町へ。
「スタジオあひる」の入っていたビルはまだあった。
2階へ上がる階段もそのまま。
いったんはカラオケボックスが入ったようだったが、今は営業していないのではないかな。
寺田町のガード下にはライブハウスが出来ていましたねえ。
スケジュール表を見るも、知っているバンドはひとつとしてなく。

心斎橋へ。
「創造道場」のちの「スタジオワン」の入っていたビルも、まだありました。巨大なホストクラブの看板があがっていたり、スナックが入っているようでしたが、ビルそのものや階段、階段の手すりの装飾などは当時そのまま。

雨の中、ビルを見上げて感慨にふける中年男ふたり。
ヘンな光景ですねえ。


エッグプラント跡地はどうなっているのかな。


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