2008年10月26日

ハードスタッフ12号への思い

徳島の小西さんからメール。
ハードスタッフ12号の版下製作が完了、週明けの月曜日に印刷に出すという内容のものだった。

ハードスタッフ12号は10月28日発行だが、実際の印刷のあがりは11月中旬になる予定とのこと、アルケミーやモダーンミュージック、模索社などに並ぶのはもう少し先になりそう。期待して待っていてください。

今回の目玉はやはり『林直人の夢の丘』で、アルケミーレコード創立メンバーであり、関西パンクシーンの創始者でもあり、2003年に故人となった林くんの特集だろう。
アルケミーレコードを含め、インディーズやアンダーグラウンドと呼ばれる音楽に興味を持つ人なら必ず読んで欲しい。

ハードスタッフの11号が発行されたのは15年前の1993年。10号が発行されたのはさらにその10年前の1983年とあって、10年ぶりの11号ということと、特集の内容が1980年前後の関西アンダーグランド音楽シーンということもあり、私は当時のミュージックマガジンに半ページくらいの紹介記事を執筆した。
今回の12号、どこかの雑誌やメディアが記事で取り上げるだろうか。

なんせ前号発行が15年前とあって、このブログ読者の多くは「ハードスタッフ」といっても何なのか、どういったミニコミなのか、どうして今話題になっているのかもわからないかもしれませんね。

今のようなインターネットなどない時代(70年代〜80年代後半くらいまで)、個人が自費出版するミニコミは、大手メディア(新聞、雑誌、情報誌など)が取り上げない情報や内容を、現場にいる人間が思いをこめて肉筆で書いて出版するという、非常に貴重な情報源であり、生々しい人の思いや声を聞ける数少ないメディアだった。当然マニアックな音楽を聞く若い世代にはこういった情報に飢えていたわけで、音楽だけでなくテレビやプロレスといった身近な文化メディアも取り上げていた「ハードスタッフ」は自然に我々の読むミニコミになっていった。そしてこれが徳島という地方都市からの発信というのも、当時としては画期的だったと思う。

例えばハードスタッフ9号は1979年11月26日(29年前の本日ですね)発行、定価160円(!)、取り扱い店舗は東京が模索社、唯唯、神田ウニタ、吉祥寺ジョージア、京都がどらっぐすとうあ、大阪はプレイガイドジャーナル(心斎橋!)、ほかは名古屋ウニタ、プレイガイドジャーナル名古屋、ニッシン上前津、ハミングバード、トクシマレコード、がらん堂、Disk-7などとなっている。発行部数は500部ほどで、それでも私や林くんや現FMPの石橋くんや当時のアンダーグラウンドな音楽好きの面々の手にはきちんと届いていたのだから、たいしたものだと思うなあ。
1993年発行の12号はタワーレコードなどでも流通したはずで、発行部数も2000部に達し、きちんと完売している。

ハードスタッフの内容は毎号非常に濃厚だ。
今みたいにウェブで「なになにのライブみました。よかったー。見れなかった人残念」みたいな安直な感想文のようなレポートに慣れている人には、安易に手にとると脳味噌をぶん殴られるぐらいの衝撃はあるはずだ。
12号の今回の林直人特集も「なんかよく知らないけど、町田康と最初のINUのころのギターの人らしい。アルケミーの最初の人でバンドもやってたらしいけど亡くなった人らしい」という入り口で読まれてけっこうだが、掲載されているその濃厚な生き様や音楽観、読書観、その周囲の人の濃厚な思いは1時間やそこらで読める量でないどころか、自分の内側で一生かかってその思いを引きずるくらいの内容であることを保証しておく。

と、おどかしてもしかたないね。(笑)
たぶん私のブログを読んでいる人なら、ハードスタッフを手にすれば私が何を言いたかったかはすぐにわかると思います。

そうそう、小西さんのインタビュー記事がネットで読めます。
【コケカキイキイ 時事通信 No.33】「ハードスタッフ」1
【コケカキイキイ 時事通信 No.34】「ハードスタッフ」2

これを読めば小西さんがどういうつもりでミニコミを生涯のライフワークのようにして発行しているのか、どういう内容なのか、だいたいの雰囲気はつかめるんじゃないかな。

このパート2の中程で小西さんのすごくいい言葉があったので、ここに再録しておきます。

『うんと好きなもの、大切にしたいもの、守りたいもの、それはお付き合いされている異性でも結構なんですよ。誰でもあると思うんです。それを曖昧なところで、大雑把な記録の仕方をせずに、みんな足下をきっちり掘り下げる作業をしたら世の中は楽しくなると私は思います。』



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