2008年08月30日

豚に真珠

新しい履き物を買ったら、必ず朝におろしてはかなくてはいけない。夕方や夜には履いてはいけない。

子供のころ、そう教わった。
これは新しい履き物を履いて夜に歩くと狐に化かされるからで、その深い理由はお知えてはもらわなかったけれど、例えば子供の頃、歯が抜けたら、上の歯は縁の下へ、下の歯は屋根に放り投げたものだったように、理由もなくその言い伝えにそった行動をしていたように思う。


「新・耳袋」という新書版の本は全10巻あり、枕元の本棚に常備してある。寝る前に時々取り出しては読んでいるが、狐に化かされる話はよく出てくる。
例えばこんな感じである。

「山の郵便配達」
山の奥のほうの家に郵便局員が配達に行くと、きれいな女性が和服で出てくる。こんなところまでご苦労さま、あがってお茶でも、とさそわれる。配達中ですからと1度は断るが、この家が最後の配達でしょと言われ、座敷にあがってしまう。女性は奥の部屋に入ったまま長い間出てこない。あまりに遅いので「奥さん、すみません、ちょっと」と声をかけるも女性が出てくる様子はない。さらに声をかけていると急に後ろから「そんなことを言っている場合じゃないだろ!」と怒鳴られる。郵便屋がふと気がつくと肥溜めに入ったまま向こう側の何もない広場に声をかけていたのを通りすがりの農夫に発見されたのだという。

「狐の化身」
北海道。友人と肝試しをすることになり、山の一本道の先にある神社に指定のものを置いてくるということになり、Yくんは夜の一本道をトボトボ進む。すると前に和服の女性がひとりで歩いている。その向こうからハイカー風の男が山を下りてきた。男は女性に駅はどこですかと訊く。女性は駅はこの道の下だけれども、ローカル線なのであと2時間くらい電車は来ないと言う。困ったなあというハイカーに女性はそれまでうちでお茶でも飲んでいきなさいよと声をかけている。ハイカーの男はそうですかと女性の後ろをついていって藪の中に進んでいった。Yくんはこの顛末をみて興味を持ち、ふたりの後をつけていく。なんだか女が男をさそっているように思えたからだ。藪の奥の屋敷の中にふたりは入っていったが、Yくんも屋敷の中に入り込んだ。家の中からは二人の話し声が聞こえてくる。やがて想像していたとおり、二人のあえぎ声が聞こえてきた。Yくんは障子に指で穴をあけて二人をのぞく。のぞき窓からはふたりのからんだ足が見えるがズズズと右にずれていいく。Yくんは少し右にずれてまた障子に穴をあけてのぞく。二人の足はまた右にズズズとずれていく。4回ほどその行為をくりかえしていた時に、後ろから「おまえ、何やってんだ!」と友人から声をかけられてYくんはハッと気づいた。Yくんは馬の尻の穴をのぞいていたのである。


私はこの2つの逸話が好きだが、ここまではっきりと化かされてしまうことは実際にはなかなかない。でももしかして、と後から思うような程度の化かされ方は、あんがい誰でも出会っているものだと思う。

例えば奥さんに内緒で浮気をしている人。そういう後ろめたいことをしている時にはよく化かされるものだ。かわいい女だ、自分の女房よりこの女と一緒になればよかった、体もいい、素晴らしい、なんて思っている時は要注意で、決してその相手が「生涯を共にする運命の相手」ではないどころか、とんでもない低級な化けものにひっかかっていることの方が多い。
たいていは狐ですらない。イノシシの方が多い。イノシシは、豚だ。豚を抱きしめて、最高の女だなどと思っているのだ。化かされているのである。
確かめるには、酒をたんまり飲ませて先に寝かせるとよい。夜の2時を回れば化けの皮がはがれる。トンマないびきをかいた豚が、自分の横に寝ているのを見るだろう。


kishidashin01 at 21:59│clip!日常