2008年04月21日

ホワイト

ブッカ・ホワイトなんちゃら、というのが我らが相棒のどこかでのハンドルネームらしいが、どうもデルタ・ブルースの良さは私にはわかっていないみたいで、そんなにはブルースには耽溺できなかった思い出がある。
ブルースには音楽の最もおいしい部分が集約されているのはわかるが、ブルースに音楽が終わるのはなにか許せない思いがあったのだろう、むしろジャズに終わるほうがなんとなくだが、許せる。

70年代ならディープパープルだ、プログレだ、と言っていたやつらが、80年代ならハードコアだと言っていたやつらが、90年代ならノイズだDJだと言っていたやつらが、やがて大人になり、そんな子供が聞いていた音楽は聞いていて疲れる&あほらしいと、やがて大人っぽい落ち着いた音楽や、ブルースに落ち着いたり、自然食主義者になったり、田舎で畑作ってます、なんてなるのは、やはりどこかで何かを裏切っている気がする。

かといっていつまでもパンクだ過激だとやっていられるのか、というとそれもまた何かが違う気がする。どこまでとか、いつまでもとかではなく、どうしているのかが重要なのであって、そこの答えが出るのはもう少し先の話だ。

ホワイトと言えば、私にとってはテリー・ホワイトだ。
男と男の世界、男の孤独、追う者と追われる者の心、そしてかけがいのないものを失う気持ち。
こんな、男にしかわからない世界を書かせたら随一なのが、なぜか女性作家のテリー・ホワイトだ。
寡作。そして今では彼女の著作はほとんど絶版だ。

真夜中の相棒 (文春文庫 (275‐17))
木曜日の子供 (文春文庫)
刑事コワルスキーの夏 (文春文庫 (275‐24))
リトル・サイゴンの弾痕 (文春文庫)
殺し屋マックスと向う見ず野郎 (文春文庫)

どれでもかまわない。
古本屋で見かけたら、即購入、即読破すべし。
特に「真夜中の相棒」「木曜日の子供」はお薦め。


kishidashin01 at 23:59│clip!読書