2008年03月14日
デヴィッドさんと話す
大相撲、大阪場所を開催しているせいか、大阪市内で関取を何度か見かける。
もう私自身は大相撲のテレビなどは見ていないが、カナダ在住の元赤痢のあやちゃんとご主人のジョン・ボイルが大相撲にはまっているため、相撲開催中は毎日BSの放送を午後1時から午後6時までの5時間、それを15日間録画している。そして15枚のDVDRに焼いてカナダまで送っているわけである。
彼女らはそれを全部通して3回は見るとのことで、幕下の無名な関取の特徴や成績はもちろん、行司や客席の常連観客の顔まで覚えているそうだ。
アーティストであるジョン・ボイルの描く絵には関取がしょっちゅう登場するようになり、それでいいのかどうかは別にして、彼らにとって大相撲が楽しみになっているのは良いことのように思う。
海外の人が日本の文化に興味を持つことは多く、例えば日本のアンダーグラウンドな音楽やその歴史に興味を持っている人間は、日本人より外国人のほうが多いかもしれない。
デヴィッド・ホプキンス氏は「精神解放ノ為ノ音楽」の司会者として知っている人は少しはいるかもしれないが、彼は1970年にドアーズのライブをサンフランシスコで見ているような年季の入った音楽ファンで、1970年代末に来日して大学教授になってからずいぶんアンダーグラウンドな音楽を探して、1988年くらいに西成のライブハウスのエッグプラントにたどりつき、我々のライブを毎回見に来てくれるようになり、赤痢や非常階段をアメリカに紹介してくれるようになって、その後私とは長いつきあいをすることになる。
一時期、会わなくなった時期もあったが、最近はデヴィッド氏が日本の、特に関西のパンク史をまとめて論文や書籍にしたいとのことで、インタビューを受けたり、取材に協力している。
今日は彼が私の持っている1978-1981年くらいのライブのチラシをコピーしにきた。
元アーントサリーのbikkeやFMNの石橋くん、元SSのしのやんにもインタビューした話なども聞いた。
うまくいくといいですね。
徳島の小西さんもそうだが、彼も私も、そろそろ自分のしてきたこと、見聞きしてきたことをまとめる作業に取りかかりつつある。我々の人生ももう後半だ。死んでいった仲間もたくさんいる。語ることのできなかった連中の分まで語り、かっこうなどつけることなく、事実を事実として記録し、おもしろく書ければいいな。
スハラくんもばるるさんも、自分のしていることや感じていることをもっと文章にして残すことをしてくれたらいいのになあといつも思う。
めんどうなことなのかもしれないし、恥ずかしいことかもしれないし、心ない連中から攻撃されるかもしれないが、印刷物にして記録して残すことは、感じることや感じさせることよりも大切なことだったりもするのだ。
紙媒体は、いつの時代でも、けっこう重要な役割なのだよ。
おおきなお世話かな。ふふ。
もう私自身は大相撲のテレビなどは見ていないが、カナダ在住の元赤痢のあやちゃんとご主人のジョン・ボイルが大相撲にはまっているため、相撲開催中は毎日BSの放送を午後1時から午後6時までの5時間、それを15日間録画している。そして15枚のDVDRに焼いてカナダまで送っているわけである。
彼女らはそれを全部通して3回は見るとのことで、幕下の無名な関取の特徴や成績はもちろん、行司や客席の常連観客の顔まで覚えているそうだ。
アーティストであるジョン・ボイルの描く絵には関取がしょっちゅう登場するようになり、それでいいのかどうかは別にして、彼らにとって大相撲が楽しみになっているのは良いことのように思う。
海外の人が日本の文化に興味を持つことは多く、例えば日本のアンダーグラウンドな音楽やその歴史に興味を持っている人間は、日本人より外国人のほうが多いかもしれない。
デヴィッド・ホプキンス氏は「精神解放ノ為ノ音楽」の司会者として知っている人は少しはいるかもしれないが、彼は1970年にドアーズのライブをサンフランシスコで見ているような年季の入った音楽ファンで、1970年代末に来日して大学教授になってからずいぶんアンダーグラウンドな音楽を探して、1988年くらいに西成のライブハウスのエッグプラントにたどりつき、我々のライブを毎回見に来てくれるようになり、赤痢や非常階段をアメリカに紹介してくれるようになって、その後私とは長いつきあいをすることになる。
一時期、会わなくなった時期もあったが、最近はデヴィッド氏が日本の、特に関西のパンク史をまとめて論文や書籍にしたいとのことで、インタビューを受けたり、取材に協力している。
今日は彼が私の持っている1978-1981年くらいのライブのチラシをコピーしにきた。
元アーントサリーのbikkeやFMNの石橋くん、元SSのしのやんにもインタビューした話なども聞いた。
うまくいくといいですね。
徳島の小西さんもそうだが、彼も私も、そろそろ自分のしてきたこと、見聞きしてきたことをまとめる作業に取りかかりつつある。我々の人生ももう後半だ。死んでいった仲間もたくさんいる。語ることのできなかった連中の分まで語り、かっこうなどつけることなく、事実を事実として記録し、おもしろく書ければいいな。
スハラくんもばるるさんも、自分のしていることや感じていることをもっと文章にして残すことをしてくれたらいいのになあといつも思う。
めんどうなことなのかもしれないし、恥ずかしいことかもしれないし、心ない連中から攻撃されるかもしれないが、印刷物にして記録して残すことは、感じることや感じさせることよりも大切なことだったりもするのだ。
紙媒体は、いつの時代でも、けっこう重要な役割なのだよ。
おおきなお世話かな。ふふ。