2007年12月07日
原稿依頼
シンコーミュージックのある雑誌編集部から原稿の依頼を受ける。
音楽誌に原稿を書くのは久しぶりだ。
数年前までは、CDジャーナルという雑誌に時々原稿依頼を受けて書いていた。
元々は10年ほど前に、たまたま知り合ったCDジャーナル編集のスタッフから、CDレビューの原稿を依頼されたのがきっかけだった。
CD1枚につき120字で簡単な紹介文を書くもので、1本につき1000円程度の原稿料だったかな。視聴用サンプル盤ももらえるという話だったが、やがて返却しなくてはならなくなった。
私が担当したのは好きなプログレや、本職のノイズやインディーズではなく、アニメやゲーム音楽のサントラ、声優もののアルバム、効果音集など、つまり誰も書き手がいないCD作品だった。マニア以外にはどうでもいい、いや、もともとどうでもいい音楽がこれほど毎月毎月生産されていることにもあきれたが、中味もどうもこうもないような音楽が大半だった。それが毎月20-30枚、多い時には50枚くらいまわってくるので、どうでもいい原稿を書く訓練にはたいそう役立った気がする。
末期にはレーザーディスクのレビューも書いていた。
CDジャーナルからさっぱりお声がかからなくなった理由はわかっている。たしか当時の編集長から、ノイズと現代音楽についての原稿をあさってまでに書いて欲しいという依頼を断ったからだ。
理由はたまたまなにかの用事で忙しかったこと、元々私は音楽評論家でも原稿書きで生計をたてている身でもないので無理に引き受けることはなかったこと、ノイズについては私の本文でもあるのでそのテーマで急にあさってまでにという依頼がなんだか納得して受け入れられなかったこと。
だが、断られた編集長はずいぶんご立腹だったようで、その後は1本の原稿の依頼もないし、何も書いていない。本は今でも毎月送られてきますが。
音楽を言葉で語ることの限界はつくづく感じるが、それでもネットなどではなく、まして携帯などではなく、紙媒体で表現しなくてはならない必然はよくわかっている。
だから評論家でもないくせに、依頼を受けたらできるだけ協力したいとは思う。
おそらく私の生きている間に、音楽は1度終わる。
その時まで、演奏や、作品のリリースや、原稿書きや、トークや、とにかくいろいろやっておきたいと思う。ただ、それだけの気持ちでやっているだけなのだ。
音楽誌に原稿を書くのは久しぶりだ。
数年前までは、CDジャーナルという雑誌に時々原稿依頼を受けて書いていた。
元々は10年ほど前に、たまたま知り合ったCDジャーナル編集のスタッフから、CDレビューの原稿を依頼されたのがきっかけだった。
CD1枚につき120字で簡単な紹介文を書くもので、1本につき1000円程度の原稿料だったかな。視聴用サンプル盤ももらえるという話だったが、やがて返却しなくてはならなくなった。
私が担当したのは好きなプログレや、本職のノイズやインディーズではなく、アニメやゲーム音楽のサントラ、声優もののアルバム、効果音集など、つまり誰も書き手がいないCD作品だった。マニア以外にはどうでもいい、いや、もともとどうでもいい音楽がこれほど毎月毎月生産されていることにもあきれたが、中味もどうもこうもないような音楽が大半だった。それが毎月20-30枚、多い時には50枚くらいまわってくるので、どうでもいい原稿を書く訓練にはたいそう役立った気がする。
末期にはレーザーディスクのレビューも書いていた。
CDジャーナルからさっぱりお声がかからなくなった理由はわかっている。たしか当時の編集長から、ノイズと現代音楽についての原稿をあさってまでに書いて欲しいという依頼を断ったからだ。
理由はたまたまなにかの用事で忙しかったこと、元々私は音楽評論家でも原稿書きで生計をたてている身でもないので無理に引き受けることはなかったこと、ノイズについては私の本文でもあるのでそのテーマで急にあさってまでにという依頼がなんだか納得して受け入れられなかったこと。
だが、断られた編集長はずいぶんご立腹だったようで、その後は1本の原稿の依頼もないし、何も書いていない。本は今でも毎月送られてきますが。
音楽を言葉で語ることの限界はつくづく感じるが、それでもネットなどではなく、まして携帯などではなく、紙媒体で表現しなくてはならない必然はよくわかっている。
だから評論家でもないくせに、依頼を受けたらできるだけ協力したいとは思う。
おそらく私の生きている間に、音楽は1度終わる。
その時まで、演奏や、作品のリリースや、原稿書きや、トークや、とにかくいろいろやっておきたいと思う。ただ、それだけの気持ちでやっているだけなのだ。