2007年11月19日

天狗

1982年に東京で友人Hくんといっしょに会社を興した。
というより、会社ごっこのようなものだったが、Hくんというのはずいぶん変わった男だった。

以前、ネコと会話の出来る男の話を書いたことがあるが、このHくんこそがその人物で、「ネコは気楽でいいな」と話すと「いや、ネコの世界もいろいろたいへんなんだ」と返事がかえってきたらしい。

彼はいろいろなものが見える男だったが、天狗が見えたという時があって、それがどのシチュエーションだったのかというのはもう25年も前の話になるので忘れてしまった。

当時の仕事ノートに『天狗はむなしい顔をした』というメモがあり、これがどういうことだったのかはもう思い出せない。

彼といると、いろいろ不思議なものが見えたり、感じたりできた。
一緒に北野天神に幽霊を見に行き、その霊が家までついてきたことがあった。
また、真夜中なのに空が明るくなり赤く染まった時もあった。
霊なのかなにかわからないが、足や手、耳などの断片が人と会話している後ろにチラチラ見える時もあった。それがなんなのかはわからないし、別段怖いとか、そういう感覚はなかったように記憶している。今となってはどうでもいいことだ。

今日はアルケミー大阪スタッフといろいろ話をした。
お店や会社を維持するのはむつかしい。インディーズレーベルなんかを運営していると、いったい何をしているのか、音楽とはなんなのか、そもそもお前はそれでいいのかという疑問に何度もつきあたる。

天狗が後ろで見ていたら、そりゃあむなしい顔のひとつもするわな、と、今夜も思った。(笑)

帰りの夜道、天狗には会わなかったが、誰かに見られている気がする。
カミサマというものがいるなら、きっと己を見ているだろう。
しかし言っておくが、カミサマは絶対に人に何かをするなんてことはない。
人は自力でカミサマににじり寄るしか手だてはないのだ。


なぜか、遠藤周作の「沈黙」を思い出す。
篠田正浩監督の映画版を見たのは12才の時で、小説もその時に読んだ。

弱き者は苦しむが、強き者よりも深く生きれるはずだ。



kishidashin01 at 23:59 │clip!日常