2007年01月22日

あばよ東京

アップリンクのKくんから電話をもらう。

次々週に行われる映画上映で、トークイベントを企画しているので出演してもらえないかというもの。
ニューヨーク・アンダーグラウンドのポスト・パンク・シーンを70年代後半から現在まで、タイムラインに沿って包括的に描いたドキュメンタリー内容の映画
http://www.uplink.co.jp/factory/log/001704.php
らしく、当時の日本のシーンとのシンクロニシティなどについて語って欲しいと。

なるほど、1978年のウルトラビデとNO NEW YORKは同時期だったし、1979年の非常階段結成とLAFMSのエアウェイも同時だった。
世界にも我々と同じようなことを考えて実行している人がいるのだなあと、なんだか嬉しかったことを記憶している。

Kくんには申し訳ないが、リクエストされた日は大阪で用事がすでに入っており、出演は辞退した。
その電話の最中に、もう東京はおもしろくない、大阪のほうがおもしろい、と語っている自分がいた。

大学を卒業後、25年になるが、うち19年は東京で暮らしている。
ずいぶんしたいこともさせてもらったし、便利だったが、いろいろなものがかわった。
モノはインターネットで買うことが多くなったし、仕事はどこにいようがメールでたいがいのことはできる。
物価、特に家賃などの固定費が東京は高い分、ずいぶん損をしている感覚すらある。
東京に住む意味がなくなってきている。

空が暗くない、暗闇が少ないことも、不満である。
なんだか明るすぎるのだ。


そろそろ東京から離れようと思っている。


suicide

kishidashin01 at 23:30│clip!音楽