2008年11月

2008年11月20日

さてさて

「表現する」って、別に偉いことじゃないよ。

したいこと、好きなこと、かっこいいこと。
それをいくらかっこつけて表現しても、それだけじゃあ偉いことじゃあないよ。


偉そうなやつは、嫌いだな。
なんにもないやつらは、どんなにがんばっても、結局はなんにもないんだよ。
そんなやつらに限って、権利を主張するんだよな。


人のこころを考えないのは、罪だと思うな。
やっぱりそうおもうよ、Kくん。


kishidashin01 at 23:45|Permalinkclip!日常 

2008年11月19日

「オズ」・・理由は−スケアクロウを助けるために

なかなか日本版DVDが出ない洋画がいくつかあるが、この『オズ(原題:Return to OZ/1985)』もDVD化されていない1本。

「オズの魔法使」はジュディ・ガーランド主演の映画があまりに有名で、そのリメイクや続編もなかなか制作されない。
この「オズ」はかなり正当な続編で、原作の続編である「オズのオズマ姫」「オズの虹の国」をベースに組み立てられた脚本を使用している。

今見てみると、SFXはかなりチャチだけれど、かなり細部にこだわった衣装や小道具がとにかく見事で、例えば不気味なキャラの「クルマー一族」はほぼ原作のイメージ通り具象化されたのではないだろうか。

数年前にCSのディズニーチャンネルで放送された以外は、レンタルビデオか廃盤のレーザーディスクで見るしかない。
私はレーザーディスクプレイヤーをまだ持っているので、字幕版で見ることができたが、ちょっと簡単には見れない映画であることは確かかもしれない。

英語版DVDは米盤で出ているので、特にDVD化に権利問題があるとは思えない。おそらく出してもたいして売れないだろうという国内メーカーの算段か、もしくは担当者がリリースを思いついていないだけなのかもしれない。もったいない1本だと思う。
ディスニー日本支社の方、ぜひご一考ください。


私がオズ・シリーズが好きなのは、主人公やストーリーがなによりも「友達」を大切にするからだろう。

お金も大事、家族も大事、将来も大事、人生も大事、仕事も大事、恋も夢も大事かもしれないが、きっとなによりも一番大切なものは友達だと思う。
利害でもなく、血のつながりもなく、なんの関係もない存在の人間と、友達という心の糸で結ばれている関係だからこそ、尊いのだ。

糸を、自分の都合で切るんじゃないよ。

ね。


ozzzz

kishidashin01 at 22:43|Permalinkclip!映画 

2008年11月18日

二年間のバカンス

「冒険」という言葉は1896年にジュール・ヴェルヌの小説「十五少年漂流記」を翻訳した時に作られた造語だという。当初は「冒険奇談 十五少年」という名前で、のちに「十五少年漂流記」となったらしい。
私もこのタイトルの小説を子供のころに読んだ。

いつだったか、学生時代からの友人のOくんが『オレが一番好きな小説は「二年間の休暇」だ。これは「十五少年漂流記」という名前で知られているが、ほんとうはこちらの書名が正しいのだ』ときかせてくれた。

原題は「Deux Ans de Vacances」で、確かに「二年間の休暇」というタイトルが正しく、十五少年漂流記はおそらく日本でつけられたオリジナルタイトルなんだと思う。

私が最近入手したのは「二年間のバカンス」というタイトルで、集英社が15年ほど前にヴェルヌのいくつかの作品をまとめて文庫で発売した時に発行された版のようだ。
「バカンス」という表記はなんだか冒険小説らしくないが、なんとなく原題に近い気もして気に入っている。

冒頭を少し読み始めたばかりだが、もうすでにこの作品が非常に優れた冒険小説だったことを一気に思い出させてくれる。きっと最後まで読むのが惜しいくらいの気持ちになるのだろう。じらすように、ゆっくり読んでいきたいな。

もちろん「二年間の休暇」のタイトルのこの本はいつでも入手可能。
読んだことのない方は、ぜひ。子供の頃「十五少年漂流記」で読んだ方はこちらの版でぜひ再読を。「十五少年漂流記」はいろいろはしょってあって、こちらのほうが全長版です。

二年間の休暇(上) (福音館文庫)
二年間の休暇(上) (福音館文庫)


kishidashin01 at 23:55|Permalinkclip!読書 

2008年11月17日

テープの山

来年の1月31日の「アルケミーソニックマニア」での『オリジナル・ウルトラビデ』再結成ライブにあわせて、1984年にアルケミーレコードの最初のリリース作品だったアルバム「The Original Ultra Bide」を紙ジャケット仕様で再発する予定だ。

もちろんこのアルバムも十二分におもしろいのだけれど、同じ時期にCDR作品でなにか過去音源をリリースできないかと思い、古いテープをサルベージするのだけれど、これがどのテープもおもしろくて、しかしなんだか複雑な気持ちにもなってくる。

1979年のウルトラビデのライブは、当時このバンドのおっかけ(?)だった美川くんが録音しておいてくれたおかげで、ほとんどのライブ音源が残っている。驚いたのはウルトラビデ結成以前のBIDEバンドの京大西部講堂ライブや、私が脱退してからの1980年1月1日の京都でのウルトラビデ+IDIOTのライブ音源があったこと。

林くんもずいぶん録音してくれていたようで、当時のINU、アーント・サリーのライブもいくつかテープが見つかった。

非常階段の時代になると、未発表のスタジオテイク、ライブテイクもいろいろ。これは来年発売するであろう「非常階段結成30周年記念CDボックス」に収録したい。

対バンのスターリンの音源などもあったな。ギターは金子くんの時代じゃないかな。リフォーム、ほぶらきん、C.Memi & ネオマチス、ディ・オーバン、初期のアウシュビッツ、IDIOTのソロや、頭士くんがはじめてどらっぐすとうあに持ってきたソロのテープもあった。頭士くんが参加している螺旋階段のテープもたくさんある。

これらのテープの多くは、おそらく演奏しているアーティストの賛同を得られないため、公にリリースされないのではないかと思う。もちろん彼らが亡くなり、私も亡くなればその保証の限りではないが、このブログを読んでおられるみなさんが生きているうちにリリースされることがない録音のほうが多いのではないか。

しかし本人が嫌がっても、無断でネットで音や映像がどんどん公開されてしまう時代である。廃盤とか未発表テイクとかの意味がどんどんなくなり、過去の演奏のテープを意味や価値はどんどん変わってきている。

たいがいの人は、自分の若かったころのやる気満々で、でも演奏はミスだらけだったり、未完成な音源や、今聞くと赤面してしまうような内容を、つまりは若気の至りを後年作品としてリリースしたいとは思わないのが普通かもしれない。
しかし音楽リスナーのごく一部かもしれないが、それでも聞きたいと思うのがリスナーの姿勢であり、コレクターの本質であり、今の時代の音楽ファンなのだろう。「公式リリースのものだけででいい」という背筋の伸びたリスナーは少なくなってきている気がする。

おもしろいテープの山を前にして、中身をチェックし、嫌がるかもしれないアーティストに許可をもらい、リリースし、心ないリスナーからは『また昔のテープで金儲けしている』と揶揄され、それでもリリースするべきかどうかに悩む。そんなことを何度、何年くりかえしているのだ。

30年以上も音楽とかかわってきて、多くの人前で演奏をしてきて、レーベルを25年もやってきていて、いまだに音楽をどうすればいいのか、迷っている。


kishidashin01 at 23:59|Permalinkclip!音楽 

2008年11月16日

織田版・椿三十郎

ようやく織田裕二版「椿三十郎」を見ることができた。
椿三十郎 通常盤
椿三十郎 通常盤


もちろん黒澤明版「椿三十郎」は超のつく傑作で、それを同じ脚本で、現代の役者でやること自体かなり無謀な挑戦。おおかたの映画ファンは「No!」を突きつけたのかもしれない。

ああ、でも映画はいいな。
そう思える作品でした。

ほとんど展開もセリフも一緒だが、ラストの決闘シーンは違っていた。
そして、それでよかったのだと思う。

「椿三十郎」は素晴らしい娯楽映画だが、それでいて深い人生観、死生観が横たわっている。それは新作でも、いっしょだ。


例えば剣をギターに置き換えれば、おのれは抜き身だろうか、鞘に収まっているだろうか。


黒澤版はこんな映画です。
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/Tubaki%20Sanjyurou.htm
まだ見ていない人は、ぜひ!


kishidashin01 at 23:36|Permalinkclip!映画 

2008年11月15日

さらば、友よ

あるミュージシャンが音楽をやめるという。

いくつかのバンドのかけもちもしていたが、全部やめるのだ、そもそも楽器演奏自体をやめるのだという。

数年前、INISIEのベースの竹内くんも同じように楽器をやめていった。

そう、それは残念だけれども、本人の人生にとっては良い転機かもしれない。
ミュージシャンなど、音楽でメシがくえるのはほんの一握りだ。
音楽なんかやらなくても、充実した人生はいくらでもある。


そうそう、竹内くんのことをこのブログで書いたら、元気にしていますとメールがやってきた。
夜邪のサロンちゃんとももう何年も会っていないが、このブログで彼女のことを書いたら、彼女のブログで私のことを書いてくれた。

音楽をやめても、別の人生を歩んでも、ちゃんとつながっている。
どうしているかなと思えば、それだけで相手には伝わる。
INISIEが歌っていた「想い」とは、そういうことではなかったか。


音楽は人生のすべてではない。
大切なものを失わなければ、また、どこかで会えるさ。

今までありがとう。
また、いつかどこかで。


kishidashin01 at 23:53|Permalinkclip!日常 

2008年11月14日

怪獣博士の落日

私は1959年生まれ。ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマン、キャプテンウルトラ、怪奇大作戦、マグマ大使、悪魔くん、バンパイヤ、忍者部隊月光、赤影、光速エスパー、突撃! ヒューマン、ジャイアントロボ、クレクレタコラといったあたりはリアルタイムでほとんど見逃さずにテレビで見たと思う。

小学高学年〜中学生の時代に見たものはレインボーマン、人造人間キカイダー、キカイダー01、変身忍者嵐、仮面ライダー、仮面ライダーV3くらいで、いわゆる戦隊ものなどはほとんど見る機会はなかった。

最も「怪獣」や「怪物」「妖怪」に興味を持っていたのは小学校1年生の時だったと思う。怪獣のことならなんでも知っており、テレビに登場した怪獣の名前などは全部そらで言えたのではなかったかな。クラスでは怪獣博士と呼ばれていた。

自分でも絵やマンガを描きだしており、怪獣を創作したりしていた。
自分で考えた「幽霊怪獣・ゴースラー」(ゴーストとラーを組み合わせた名前)などは、のちに同じ名前の怪獣がキャプテン・ウルトラに登場し、ずいぶん驚いた記憶がある。
自分で創作した怪獣で好きだったのは「ヤマゴン」。私が当時住んでいた京都は盆地で、まわりが山で囲まれていることからイメージしたのだろう。
山がそのまま怪獣だったら、という想像で、ある日山が動き出し、まわりの住人が驚く、実は山は「ヤマゴン」という怪獣が何万年も眠っていたのだ、という設定だった。マンガにしたか、絵をかいただけで終わったのかは、記憶がない。

ウルトラQに出てくるケムール人は本当に怖かった。翌日からは水たまりを踏んで歩くことができなかった。
ウルトラマン/故郷は地球に登場のジャミラの話は本当に悲しかった。ウルトラマンにジャミラを殺さないでくれと、テレビを見て祈ったことを覚えている。
ガヴァドンやシーボーズは殺されずに宇宙に返された。このエンディングにはとてもあたたかい気持ちになったことも覚えている。

ウルトラQからウルトラマンの途中くらいまで、怪獣が着ぐるみで中に人が入っているとは思っていなかった。(笑)
変身したウルトラマンはさすがに中に人が入っているとわかっていたが、怪獣はああいう生き物がいたり、もしくは爬虫類や昆虫を接写して、画面に合成してテレビに映されているのだと思っていた。ビルが壊れたり、火災が起きるのもミニチュアではなく、本物の建物を壊しているのだと思っていた。

ある月曜日、学校で昨夜のウルトラマンのことをクラスメイトと話している時に事件はおきた。
私が『でもさあ、あれ、よくみんなケガしないね。上からコンクリートとか落ちてきて』と話すと、みんながキョトンとした目で私を見ている。『いやあの怪獣、トカゲとかをあんなふうに火の中にほうりこんだりしてさあ』と話すと、ますます話が通じない。

『広重くん、怪獣って中に人が入っているんだよ』
『え』

そして私は大赤面。壊れるビルが特撮で、怪獣はぬいぐるみでそこに人が入っているとは夢にも思っていなかったのだ。
友人から背中にチャックがあってそこから人が入っているのだと聞かされ、翌週のウルトラマンを目をこらすようにして、見た。
テレスドンの背中にチャックを発見し、『ホントだ』と思った。

怪獣博士の私の名誉は地に落ちたのは言うまでもない。
小学1年生、7才の12月だった。


先日、ほぶらきん/ゴースンの一生を聞いていて、こんな40年以上前の記憶を思い出した。森下くんの歌うゴースンの紹介で『身長10キロ〜体重100億トン〜!悲しいまでに巨大なこのカラダ〜!』というくだりに、いつも笑ってしまいながら、小学1年生当時の私も、自作の怪獣の絵の横に「身長○○メートル」とか書き添えていたことを思い出すからだ。
さすがの私も「身長10キロ」とは書きませんでしたがね。(笑)
森下くんには一生勝てないと思うのは、この部分かもしれません。

kishidashin01 at 22:55|Permalinkclip!日常 

2008年11月13日

怪獣使いと少年

GARADAMAのKAKINOKIがお店にやってきた。

彼の周辺では最近ウルトラものが盛り上がっているという。
放送禁止のウルトラセブン12話「遊星より愛をこめて」などよりは、帰ってきたウルトラマン「怪獣使いと少年」のほうがよほど内容は過激だというのである。

ある意味そうなんだけれど、過激とか放送禁止とか、そういった視点やレアリティでのみ作品を語られる時代だけに、私はちょっと違和感があるなあ。


放映当時はそんな特別の思いというよりは、当然の時代の中で、連続ドラマの流れのひとつとして作られていたのではないか。むしろ特別な意味を見いだしたのは、再放送やビデオの時代を経て、後から付随した評価や価値のためではないかと思うのだが、どうだろうか。


それでも「怪獣使いと少年」は、多くの人に見てほしいな。
「許されざるいのち」も。

両方とも重い内容だと、私も思います。

DVD帰ってきたウルトラマン Vol.9
DVD帰ってきたウルトラマン Vol.9


kishidashin01 at 23:20|Permalinkclip!映画 

2008年11月12日

地底探検

午前中だけ時間があいたので、なにか映画を見ることに。

特になにか見たい映画があるわけではないのと、おもしろそうなのは午前中からは上映していないこともあって、いろいろ悩んだ結果「センター・オブ・ジ・アース」を選択。

子供向け、内容がない、3Dメガネが疲れるなど、webで見る限り散々酷評されていますね。でもこのヴェルヌの原作「地底旅行」が大好きなのと、子供の頃1959年版の映画「地底探検」をテレビで見て熱中してしまったことも思い出して、やっぱり見てみようと。

CGやSFXがすごいので、1959年版とは比べ物にならないくらい豪華な内容と、3Dの特殊効果には笑ってしまうほど驚きました。
海を筏で渡る時に出現する海竜がいいなあ。すごいなあ。

地底旅行でも、地底探検でも、センター・オブ・ジ・アースでもどれでもいいんだけれど、男の子はみんな冒険や探検が好きなはずだじゃら、やっぱり「地底探検」がいいかな。


リック・ウエイクマンの「地底探検」も聞きたくなった。
このライブ公演のDVDも持っていたはずだけれど、どこへいったかな。


kishidashin01 at 22:59|Permalinkclip!映画 

2008年11月11日

morning ways

朝6時に家を出て、駅にむかう。

これだけで、朝早くから多くの人が活動していることが、わかる。

コンビニに荷物が届き、それを棚出しするお店の人。
電車やバス、トラックの運転手たち。
寒いのに、仕事場へ向かう多くの人たち。

誰かが朝早くから働いて、その後から活動する人たちの準備をしている。

世の中はそんなふうにして、動いている。
なにもかもが機械で、コンピューターで動いているわけではないのだ。

人が、世界を動かしている。
人の手が動いて、誰かの役にたっている。


早起きは三文の得というが、世界がこんなふうに動いていることを観るだけでも感謝の気持ちがわいてきて、それが自分が前に進む力になっていくことこそ、本当の得なんじゃないかと思う。


東京へ。
浅草で、水道橋で、神保町で仕事。

夕方、おにんこ!のひらちんとゆっこちゃんと会って、いろいろ話す。


kishidashin01 at 23:46|Permalinkclip!日常