2008年10月

2008年10月21日

三沢くんの記憶

先日の池袋のライブ終了後、LETTERの三沢くんといろいろ話をした。

三沢くんはなんばのライブハウス・ベアーズのブッキングマネージャーだったが、PAエンジニアをさせられることもあったらしい。
ベテランの演奏者が出演する場合、たいていはメイン・エンジニアの保海さんが担当するのだが、ある日私がソロで出演する夜、急遽保海さんが休むことになり、三沢くんが私のライブのPAをすることになったそうだ。

『広重さん、ぜんぜん覚えてないでしょ』
と、三沢くんに言われたが、はい、ぜんぜん覚えていませんでした。(笑)

初めて私のPAを担当することになり、それだけで三沢くんは緊張していたという。
その頃、私はステージでイスに腰掛けてギターを弾くスタイルで歌を歌っていた。
そこでイスを出してくれと言われた三沢くん、比較的背の高いイスを出したらしい。つまり深くイスに腰掛けるのではなく、ちょっと中腰のようなスタイルになる。実はこれだとエフェクターを足で踏む作業がしにくい。足がつっぱるため、エフェクターを踏むには足をうんと伸ばしたり、イスから腰を少し浮かさないといけない。
三沢くんはリハの時に「あ、もっと低いイスのほうがよかったかな」と思ったらしいが、私が何も言わないものだから、そのまま進行したそうだ。

で、私のライブのステージ本番。
私はやはりエフェクター操作がしにくそうに演奏していたらしい。三沢くんはPAをしながら「やはりあのイスはまずかった」と思ったそうだ。
私はイスを交換してくれとは言わず、ライブは進行していく。そのうち、マイクスタンドがだんだん下がってきたらしい。
私はイスの件はぜんぜん覚えていないが、このマイクが下がってきたライブは記憶がある。といってもそのことに怒ったとか、そういう記憶はいっさいなく、三沢くんがこの話をしたので思い出した程度である。

三沢くんの記憶によると、マイクスタンドが下がってきて私はますます歌いにくくなっていたらしい。イスが高くて中腰、さらにマイクが下がってきたのでさらに上半身を前傾させるようにして歌っていたそうだ。
そして最後までそのエフェクターを操作しにくそうな、歌を歌いにくそうな姿勢のまま、ライブを最後まで演奏しきったらしい。

三沢くんは私のPAを初めて担当してそんな結果になり、なにか言われるのではないかと終演後ずいぶんビクビクしていたそうだ。しかし私は何も言うこともなく、「お疲れさまでしたー」と挨拶して帰っていったそうだ。

三沢くんはいたく感心し、その後「広重さんは与えられた環境で演奏する人だ」というエピソードをいろいろな人に話しました、という話を私にしてくれた。

はい、私はそのマイクスタンドが演奏中に下がってきたライブは覚えていますが、それがどこだったかとか、PAが三沢くんだったとかは、ぜんぜん記憶にありませんでした。ははは。

まあね、実際そのことがいいのかどうかは、私もわからない。
でも与えられた環境で演奏するというスタイルは、確かにそのように貫いている気がする。
例えば今月の上旬にあった新潟のライブも、アンプの音量制限があったけれども、それはその環境ということで、その中でできるように、また効果的に使うようにして、演奏している。
こういうことは経験から身についたもので、海外のライブで相当いろいろな環境で演奏してきたことが勉強になったのだと思うよ。

ライブというものはまるで生き物で、リハをしたところで本番のステージもそのような音のバランスや同じ環境が再現できるとは限らない。
お客さんの入りや、自分のコンディション、観客の反応でも音はどんどん変わる。
野外ならもっと極端に環境は変わる。
だからその環境にあわせて、エフェクターやアンプの状態も、ギターや歌の出し方も、演奏の仕方も臨機応変にかえていかなくてはいけない。これは普通のことだ。

でも、PAの、アンプの、会場の、楽器の、エフェクターのせいにする演奏家は、実に多い。そしてひどい時には観客のせいにまでしてしまう。今日の自分の演奏がいまひとつだった原因を「○○が○○だったからだ」と言ってしまえば、楽だからだ。

でも実際は、なにがどうあれ、観客のあるステージにあがる以上は、すべて自分の責任であると思う。

演奏者は水のように演奏しなければいけない。
水はどんな入れ物にもおさまる。
どんな隙間にもひろがっていく。
形を自由に変え、どんな環境にも入っていける。
固まれば氷になり、どんなものよりも堅くなる。
しかし尖れば凶器にもなる。
沸騰すれば熱くなり、やけどもしてしまう。
ほどよく温かであれば、人をなんともここちよくさせる。
寒ければ冷や水ともなる。

演奏は、音楽は、なめらかな水のようにあるべきだと思う。
時には透明な氷のような。
でも頑固なガチガチの氷は迷惑なだけだ。

こちらがほとんど覚えていないライブのことを、三沢くんがそんなふうに感じ、大切に思い出として心に残してくれていたなんて、知らなかったな。
ありがとうね。

三沢くん、大分に帰る電車の中からのメール、ありがとう。
『なんだか励みになりました』と言ってくれたけれど、同じ言葉を私も君に返します。

LETTER、がんばってね。





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2008年10月20日

あの空の下で

池袋を朝6時過ぎに出て、羽田に向かう。
浜松町までの山手線もまだラッシュ前で、そんなに混んではいないが座席は埋まっているという感じ。つり革につかまって車窓から東京の町を眺めていた。

ああ、なんて雑然とした風景なんだろう。人がこんなにもたくさん住んでいる町が、駅をいくつ過ぎても同じように、そして時にはさびれ、時には新しく、ゴミゴミと、妙に小綺麗に、やがて豪華で巨大なビルが「でも中は不景気なんですよ」という表情で流れ過ぎていく。なんだかとてもヘンテコな映画を1本見せられているようだった。


昨日購入した吉田修一の単行本「あの空の下で」はとてもいい本だった。
今朝の空港までのモノレールの中と、羽田・伊丹間の飛行機の中で読み終えてしまった。
あの空の下で
あの空の下で

この作家の長編はまだ数冊しか読んでいないが、もしかしたら掲載誌の都合や要求もあるのかもしれないが、かなり世俗的な部分もあり、冗長な気がしてあまり感心しない。以前にANAの機内誌で読んだ短編は良かったのになあと思っていたら、この単行本が出版された。機内誌「翼の王国」掲載の短編12編、その連載中断後に掲載された旅行エッセイ6編が収録されている。

12編の小説は、機内誌掲載時に読んだものが約半分、残りが初見のものだった。どの作品もクオリティは高いが、やはり掲載時に読んだ「自転車泥棒」「恋恋風塵」は素晴らしい作品だ。初見のほうでは「小さな恋のメロディ」「流されて」も格別にいい話だった。

字数制限のためもあるかもしれないが、少ない文字数、少ない登場人物のセリフにいくつもの思いがこめられているのがわかる。そして、その言葉単体で取り出しても、そても奥行きの深いものもあった。
例えば「東京画」に出てくるこんなセリフ、いいじゃないですか。
『裏切らないのが親友ではなく、実は裏切り合える相手のことを親友と呼ぶのかもしれない』

このブログを読んでいるような方ならもうお気づきのように、この「あの空の下で」収録の短編のタイトルは、知っている人なら知っているという程度に有名な映画のタイトルだ。映画そのものと、この小説の内容には直接の関係はないが、それでも映画の切ないシーンとイメージが重なる瞬間もあるから不思議だ。

エッセイのほうもなかなか秀逸だった。
人によって好きな章が違うかもしれないが、私は「ルアンパパン」に出てくるふたりの姉妹の話が好きだ。
行ってもいない国の、そんな街角の風景まで目に浮かぶような文章だ。

JOJO広重を信じるなら、ぜひ買って読んでみてください。
大好きな人にプレゼントするにも良い本だと思います。
小西さん、図書館にも入れてくださいね。高倉さん、ぜひ福岡の書店で平積みにしてください。多くの人に読んで欲しい、そんな1冊です。

でもね、先週の新潟のライブの後で打ち上げに参加してくれたIさん。あなたに読んでほしいな。あなたに読ませたい数編が、この本にあるんだ。

今、ANAの飛行機に乗れば、この本の続き、吉田修一の最新作「女が階段を上がる時」が読めます。ほかにもスペイン・アンダルシアの写真、クリムトの名画などすてきな記事が多い。でも今号で一番よかったのは、「おべんとうの時間」という連載もの。沖縄県伊良部島に住む無名の男子高校生のお弁当の写真と、彼の素朴な日常生活を描くことにより、人が人として普通に生きることの美しさを見事なコラムに仕上げている。

いいなあ、おべんとう。いいなあ。

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2008年10月19日

池袋でライブ

早朝に起きて、飛行機で東京へ。

数年前までは、東京・大阪間は新幹線より飛行機のほうが安価だった。その時に何度か出張した時にためたANAのマイルが残っていたので今回は上京に飛行機を使ったのだが、早朝の時間帯にしか空席がなかったのである。

席に着いて機内誌「翼の王国」を読むと、吉田修一の「あの空の下で」が今月号から再開されていた。連載は12回でいったん打ち切りになっていたのだが、インターバルをおいて再開されたのだろう。やはりこの作家の短編はおもしろい。

連載打ち切りまでの短編12編は「吉田修一/あの空の下で」として今月単行本になって発売されたのだが、大阪のいくつかの書店を探すも、見つけることが出来なかった。
東京の書店ならあるかなと、明大前の書店で探すと、文芸書>男性作家>や、のコーナーにちゃんとあったので購入。帰る時に機内で読もうと思う。

さてライブのため、池袋へ。
ライブハウスの鈴ん子屋へ行くのは初めて。なんでも今年オープンかなにかの新しい小屋で、有機野菜を使った料理も出すという、いわゆるLOHASなお店の模様。
会場は禁煙、さらに会場には靴をぬいであがるという徹底ぶり。『賛否両論あるんですけどね』とお店の人も話していたが、いい試みじゃないですかね。私も嫌煙家なので、演奏者にとってもありがたい。しかしLOHASできれいなライブハウス、私みたいな演奏者はちょっと似合わないのではないですか。(笑)

そもそも数年前までベアーズのブッキング担当だった三沢くんが、ソロアルバムを出して、さらに「LETTER」というバンドを結成、そのデビューアルバムのレコ発に対バンで出演依頼ということで、私個人的にはぜんぜん問題ないのだが、「LETTER」は非常にPOPなバンド、そしてもうひとつの対バンが「前野健太とおとぎ話」で、この「おとぎ話」も最近若い人に人気のあるPOPなバンドとあって、ますます「私なんかが対バンでいいんですか」状態だけれど、まあこちらはいいけれどお客さんや会場側がとまどいませんかね、という思いでした。しかし三沢くんはそういうアンバランスさをわざと狙っていたようで、そして会場につくとさらにもうひとつ対バンがついていた。

「ルフラン」
luf





このルフランというのが、まるでかつてのアリス・セーラーかアマリリスかと思い出させるような、ようするに70年代歌謡曲風のカラオケに、70年代アイドル風衣装を着た女性が歌いまくるという、これまた私とはまた別の場違いなブッキング。しかし仕掛け人のKさんいわく「ドリフの番組のような、場面転換があるようなイメージのライブということで!」という趣旨で、まあ実際そのような展開となり、結果としてはお客さんが途中で退場することもなく(ルフラン登場時はさすがに皆さん唖然としていましたが)、つつがなくライブは進行しましたね。

前野健太とおとぎ話、とてもいい歌が多かったな。左側のギター氏は「横浜タワレコのJOJOさんのインストアライブ見に行ったんですよ」と、で、私も「君の顔覚えてる!」と話したり。きっともっと人気出るんじゃないかな。右側のギター氏はアウシュビッツの徳さんを思わせる風貌&演奏。ぜひいつかアウシュビッツのカヴァーもやってみてください。

ルフランは3曲で終了、強烈なインパクトを残して疾走。私のライブはいつもどおりに。
LETTERもノリノリの演奏、ギターはナイトメアや、ファンダンゴでのエッグプラント同窓会ライブ出演時の想い出波止場のベースもやっていた彼だったんですね。三沢くんもこのバンドにかけている様子、よくわかります。がんばって!

ライブ終了後、昨日までの東京ツアーで上京していた猿股茸美都子の川上さん&村井くん、おにんこのまいこちゃんと話してると、来場してくれていた鶴岡法斉さんが挨拶してくれた。ようやく会えましたね!朝生愛さんやパグタスの坂田さんも挨拶に来てくれた。

最後は閉店までLETTERの面々と飲んでいましたが、実はメンバー全員が私のブログを読んでいますという話でびっくり。さて帰ろうという段になって、鈴ん子屋のマスターが「昔はノイズのライブなんかを見にいっていたんです。JOJOさんはステージでこのライブハウスにはもう出ることはないだろうと思うとかおっしゃってましたが、そんなことを言わずまた出てください!私もブログ読んでます」と言われる始末で、いやいや、わかってないのはこちらでしたというお話でしたか!失礼しました!また呼んでください、いつでも参上します!

ちなみに鈴ん子屋の入り口右側には重要文化財の「庚申さま」が鎮座されています。左手側は超ドハデな興信所でした。興信所があんなに派手で、しかも所属の探偵が顔写真をずらりと並べていては探偵にならない気がするのだが、大きなお世話ですね。でもその興信所の看板が派手なおかげで、鈴ん子屋は1度行けば2度と行き方を間違えないと思います。(笑)




kishidashin01 at 23:59|Permalinkclip!ライブ 

2008年10月18日

初恋の味

新潟で、主催者の正福寺の笠原さんとライブ前日に飲みに行った時、私の”ファンタグレープの思い出”の話をした。これも前の”Yさんの思い出”同様、どこかのフリーペーパーに依頼されて書いた原稿だが、その回の原稿データが見つからない。笠原さんにはblogで書きますと言ったので、思い出しながら再度書いてみました。まるっきり同じではないですが、こんな原稿だったと思います。


『ファンタグレープの思い出』

中学1年生に入学してすぐのころ、クラスの隣の席にいたKさんに恋をした。
入学した学校がキリスト教系列だったこともあり、朝の礼拝の時間の聖歌隊にもKさんは参加したりしていて、声もきれいで知的なKさんにクラスの他の男の子何人かもあこがれていたと思う。

Kさんは学校から電車で40-50分離れたU市に住んでいたが、たまたまKさんと話をしていると、彼女の住んでいる町は私のいとこが住む親戚の家の近くだということがわかった。小学生の頃、その親戚が家を新築したので遊びに行ったことがあり、彼女の家の位置がなんとなくわかった気がした。
『へー、広重くんが家の近くまできてたなんて』と、彼女も私が話すその町の風景の印象が一致していることに、なんとなく嬉しそうにしていた。

すぐに席替えがあり、Kさんの席は私のとなりではなくなったが、休み時間になると彼女にひとことふたこと話かけにいく私の姿は、すぐに悪友のGくんとMくんの目のとまるところとなった。
『おまえ、Kさんのこと、好きなんだろ』
そんなふうにはやされ、照れてしまい、GくんMくんに見られているクラス内ではKさんにはちょっと話しかけつらくなってしまった。

初夏、6月のことだったと思う。ある日曜日、バスと私鉄電車を乗り継いで、私はKさんの住む町にくりだした。なんとなく記憶があるものの、実際には親戚の家の場所も正確には覚えておらず、Kさんから聞いた情報を元に駅の周辺を歩いた。Kさんの家を探すつもりたっだのだが、もしかして駅周辺に歩いていれば、Kさんに道でバッタリ会うのではないか、そんな期待もしていたのだと思う。
小一時間も歩いたろうか、私鉄沿線で踏切の近く、というKさんから聞いた情報をもとに家の表札を見て歩くも、いっこうにKさんの家は見つからない。

もうあきらめかけたころ、畑をつぶして住宅地にしようとしている一角に、比較的新しい家を見つけた。表札を見ると...Kさんだ!ついにKさんの実家を見つけたのである。
『ここかあ』
という、なんともいえない甘ったるい気持ちとともに、しかしドアホンを押す度胸のない自分にすぐに気がついた。
もう午後も遅くなり、そろそろ帰らないといけない時間帯である。どうすることもできず、少し離れたところからKさんの家を見上げていた。

すると突然2階のベランダの戸がひらき、Kさんが顔を出した。『あっ』と思ったが、少ししてKさんもこちらに気がついた。『え?』という驚いた顔。私だと気がついたようだった。
彼女はベランダから家の中に入ったので、ああ、これは玄関に降りてくるなと思い、私も玄関前に移動した。
こちらがドキドキしているまもなく、玄関のドアが開き、Kさんが登場。『広重くん!どうしたの?』
私はとっさにこの町の親戚の家に来たのだけれど、そういえばKさんの家はこの近くだったなあと思って、と、偶然をよそおった。
『ふーん...あ、ちょっと待って!』と、Kさんはパタパタと走って家の中に。そしてすぐに戻ってきた彼女の右手にはファンタグレープの瓶が握られていた。
『広重くん、飲む?』

のまいでか。

初夏の少し暑い季節、初恋の人の家を探して小一時間歩いた、その私の喉をうるおすよく冷えたファンタグレープ。
おそらく、いや間違いなく一生涯で一番おいしかった飲み物といえば、あの時に飲んだファンタグレープだろう。あの味以上の飲み物を、いまだに飲んだことはないと断言できる。

瓶を返し、ありがとう、じゃあと、玄関を後にした。家に上がることもなく。
少し歩いて振り返ると、手を振ってくれているKさんがいた。

Kさんとはその後つきあうこともなく、クラスで特に仲の良い友人になることもなく、私の初恋は終わった。
どうしてなのかわからないが、あの日、あの時、家を見つめていたらKさんが出てきてくれたこと、そしてジュースをもらったことで、なにかが完結したのではないか。その後、男女としてつきあって欲しいと申し出なかったことを後悔しないことはなかったと言えばウソになるが、むしろ特別な思い出になったことで"十分"だと思えたのだ。
好きな人を思って見上げていたら、窓が開いて本人が出てきてくれることもあるのだと。
それはひとつの真実を見つけたことと等しい。
それ以上を彼女に望むことは、私にはどうしてもできなかったのである。

その後、もちろん何度となくファンタグレープを飲むことはあったが、どうしてもあの時の味にはならない。
しかしファンタグレープを目にすると、今でも少しあの日のことを思い出してしまう。

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新潟・正福寺のライブイベントの名前が『耳をすませば』というのは、私があの映画が好きで、ディーゼルの能勢山くんもあの映画が好きで、ということだったんですね。能勢山くんは特にあの映画のエンドロールが大好きだそうです。



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2008年10月17日

友との時間

ダンス・マカブラのワッティがお店に寄ってくれた。
最近の話、昔話、笑える話など、いろいろ。この間、原爆オナニーズのライブが大阪であった時、タイロウくんが新谷くんに心斎橋で会った話なども。
ワッティは元気そうで、なにより。

夕方からオシリペンペンズのモタコくんらと飲みにいく。
8月にモタコくんと飲みに行った時、楽しかったのでマンスリーで飲み会しましょうという話をしていたのだが、先月はお互いに忙しくスケジュールがあわず、開催できなかった。

今回はモタコくん、ペンペンズのドラムの迎くんや「午後零時回転数ひちはごじゅうろっく」という、1回聞いただけでは絶対に覚えられないバンドのメンバーなど、計5人で4時間近く飲んでましたね。
いやいや、いろいろな話が今日も出来て楽しかった。バンドの話、霊的体験の話、音楽の話、マンガの話、迎くんの将来の話(笑)などなど、たくさん話しましたね。若い世代がなにをどう思い、どう考えているかを聞くのは、こちらも本当に楽しい。AMSがあった時にそこでDOKKIRi RECORDやNEU!を買ったこと、サイケのCDを勧められるままに買った話なども、おもしろかったな。

で、来月もぜひ開催しましょうということに。今日は体調が悪くて参加できなかったという中林キララくんもぜひ次回は参加ください。
あ、まめぴよちゃんにも1度参加してほしいなという話にもなりましたので、ぜひお母さんと一緒にでも。その場合はお酒抜きで、お茶会にしようかな。モタコくんからお誘いがあるかと思いますので、またご検討ください。

どこかでつながっていることは、とてもいいことだと思うよ。
ねえ!


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2008年10月16日

ありがとうございます

アウシュビッツ'84のことを数日前にこのblogに書いたところ、当日のメンバーはこうだったと思う、先輩が当日のライブを録音しているのでなんとかしましょうかなど、数名の方から親切なメールをいただいた。
いろいろお気遣いありがとうございます。

当日は林くんがギター&ボーカル、ベースがけーやん、ドラムが中島さん、キーボードにオリジナルメンバーの杉さんはなにかの事情で参加できず、八丁堀さん(細川豊さん ex.GANZ BLUE)が参加された模様です。八丁さんは80年代にアウシュビッツのライブに何度か参加されていましたね。

いよいよハードスタッフ12号、今月28日発売ですね。アルケミーでも販売します。事務所まで直接買いにきてくださってもいいですし、AMSオンラインでも通販しますので、よろしくお願いします。

非常階段のファンの鶴岡さんからは、『非常階段』に関するおもしろいものが届きました。プレゼントとのこと、いつも応援ありがとうございます。
今度の日曜日、珍しく東京・池袋でライブします。よかったらご来場ください。

新潟の能勢山さんからもメール。はい、次回も機会ありましたらまた正福寺でライブをしたいですねー。今度はとうめいロボちゃんを連れてきてほしい、というリクエストもいただいております。ちひろちゃん、またスケジュール合えば、新潟行、考えてみてください!雪の季節がぴったりかな??

高知のカオティックノイズの井上くんからは、新潟・正福寺で行った『トークイベント』が気になるとのメール。はいはい、高知でもやりましょうね。映像の映せるプロジェクターなどをご用意ください。ない場合はこちらから持っていくことも出来ます。どんな映像を持っていけばいいか、リクエストくださいね!

ドイツからマニ・ノイメイヤーさんからメール。また来年の春に日本に行くので、今度はデュオでセッションしよう!とのこと。はいはい、やりまっせ!

ノルウェイのラッセからPumaというノイズユニットで2月に日本に行くので一緒にライブしようとメール。はいはい、やりまっせ!

ゴーストの馬頭くんから11月のライブの前日に京都でセッションしないかとのおさそい、残念ながらその日はスケジュールあって、申し訳ない!

おっと、先日のウルトラビデのインタビューの時のアー写撮影時の写真データがドカンとダウンロードデータで届く。おお!なんとタチの悪そうなおっさん達!私がすごく善人に見える!!(笑)

そのほかにも、5日も留守にしているとたくさんのメールや連絡いただきました。
みなさんの応援、気にかけていただいていること、とても嬉しく思っています。
ちゃんとうけとめて、そしてなにかの形でかえしていきますね。
時間がかかるものもありますが、待っててね。


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2008年10月15日

パレード

午前中にとあるアーティスト(だった人)と会いに、新宿へ。

今は針灸師として開業されているのであるが、それでもオカルティックな話やエステの現場の話などおもしろい話もたくさん。今はステージで自己表現したいとは思わなくなった、人間の体のほうが神秘的で、今はとてもそちらがおもしろい、という話などもいただく。

ステージで音楽を演奏する瞬間の喜びというものもたくさんあるけれど、「人間のからだ」と比較されてしまうと、じゃあどちらが神秘的か、ダイナミズムにあふれているか、やりがいがあるか、となると、私は医療の世界は門外漢ではあるけれど、それでも人間そのものの魅力はとてつもなく大きいことはわかる。
ミュージシャンに子供が出来て、子供中心の生活になったり、子供と接することでそれまでの世界観が変わることはよくあることで、それを非難する人はけっこう多いけれど、私はそれは容認できるどころか、とても素晴らしいことのように思える。
人間というものは、とてもおもしろく、大きな存在だからだ。
子供が出来たらミュージシャンやアーティストは終わりだ、なんていう考え方は、逆に封建的で古いように思えるが、どうだろうか。

午後は神奈川で所用。
帰りの新幹線では「パレード」を読み終えた。
パレード (幻冬舎文庫)
パレード (幻冬舎文庫)


吉田修一は、話の中の小さなエピソードに非常に秀逸なものがあるものの、作品全体を眺めると、じゃあなにが言いたかったのかが不鮮明になる作家ですね。
まるでサビのメロディは超泣ける絶品なのに、曲全体は冗長なプログレバンドのアルバムのような、そんな感じ。
例えば今回も良介のエピソード中、寿司屋のお父さんがだまされて雨の中を配達に行くエピソードは絶品なのに、結末にそれが強烈にリピートしてくるような切迫感がない。そこが残念でしかたがない。

元々ANAの機内誌掲載作品でひかれた作家だが、たしかに2000-4000字くらいの短編を書かせれば、かなりいいものを書くのかもしれない。
吉田修一ファンには申し訳ないレビューで、申し訳ない。



kishidashin01 at 23:42|Permalinkclip!読書 

2008年10月14日

東京にて

朝早く新潟を出て、10時半には東京・明大前に。
カードショップの打ち合わせしたが、ゆっくりできず申し訳ない。

午後は某所で講習。

夕方、埋火の見汐さんと打ち合わせ&食事。
いろいろゆっくり話せてよかったです。というか、見汐さんと本当にゆっくり話をしたのは初めてかもしれませんね。次回はシガちゃんもぜひ同席してください。

高円寺には1年ぶりくらいに来たかもしれない。
見汐さんを待っている間、駅前で道行く人を見ていた。
ジュンゾくんやあっこちゃんや賢太郎なんかに会わないかなと期待していたが、そういうハプニングはなかったですね。

少し東京を離れている間に、高円寺を歩く人種が少し変わった気がする。
ずいぶん普通になった気がしたが、これは気のせいかも。

先週の金曜の夜から旅を続けているが、だんだん身体が旅のペースに慣れてきた。
でも慣れてきた時に、帰るんですよね。
明日は大阪に帰る予定。


kishidashin01 at 23:58|Permalinkclip!日常 

2008年10月13日

新潟正福寺でライブ

快晴の新潟。
市内を少し散歩、三吉屋で昼食にラーメンを食べて、喫茶店で昨日購入した吉田修一の文庫本を少し読んだ。吉田修一は以前飛行機の機内誌で読んだ短編以上の作品がなく、そろそろ諦め気味だったが今回買った『パレード』はまずまずかもしれない。

3時にライブ会場の正福寺へ。サウンドチェックが進むも、やはりファズを踏むと音量的にやばいと言われる。予想はしていたものの、ファズが踏めないとなると手足数がずいぶん少なくなる。困っていると能勢山くんが会場を変えましょうかなどと気をつかいだしたので、いやいやここで、このお寺の本堂でという話で進めてきたし、私もそのつもりできているし、会場の笠原さんの気持ちもいただいているのにたかだか音量のことでそれはできない。こちらもプロなのでできるなかで問題ないように、そして効果的にやればいいし、その制限が演奏のテンションに転嫁していけばいい。

結果、トークイベント、ディーゼルギターのライブ、私のライブもつつがなく進行、たくさんのお客さんにも来ていただき、近所から苦情が来ることもなく、無事イベントは終了。

浄土真宗の本堂という意味をどれだけ生かせたかはわかりませんが、思っていたように演奏できた気がする。
終演後、たくさんCDなどを購入していただいたり、サインをさせてもらったりして、来場してくれた方々が喜んでくださった気持ちも伝わってきました。
皆さん、お世話になりました。また新潟によんでください。

打ち上げも楽しかったですね。
ファンタグレープの思い出話、またいつかこのブログにアップしますね(笑)

打ち上げの席でポップ・グループのシングル盤にトリスタン・ホンジンガーが参加した話をしたところ、広重さん、昨夜の居酒屋で我々の席の横にいた外人、トリスタン・ホンジンガーだったんですよ、新潟でコンサートがあって、という話でびっくり。
世界はなんて狭いんでしょうねえ。私はもう30年以上前にホンジンガーの演奏をレコードで聞いているけれども、生演奏を見たこともないのに、2008年に新潟の居酒屋で会うなんて。ははは。

syofuku

kishidashin01 at 23:59|Permalinkclip!ライブ 

2008年10月12日

町のあかり

昨夜は月曜日のライブ会場となる正福寺の笠原さんご夫妻、能勢山くんとおいしい地元のお店でお酒と料理をいただきました。2時近くまで飲んでいましたね。楽しくてもっと話をしていたかった気分。

そのお店、鳥のフライにあっさりした醤油ベースのソースがかかった、能勢山くんが『絶品なんです』とメニューにないこの料理を注文してくれ、とてもおいしかった。能勢山くんが『(次回以降またたのみたいので)この料理はなんていうメニューなんですか』と訊くも、特に名前はないという。そのあたりのけれんみのなさも、いかにも地元のお店ですね。

新潟にはけっこうおいしいお店があるのだが、どれも大きな看板をあげているわけでもなく、一見は普通の飲み屋、居酒屋、定食屋、ラーメン屋にしかみえない店が多い。以前カード屋の友人のSさんとたまたま入った、新潟古町の焼き鳥屋が絶品で、お酒もおいしく値段も安く、最高だった記憶がある。そういった、なにか一種の控えめなスタンスというのが、新潟とか、こういった雪の多い地域、日本海側にすむ人々やお店によくみられる傾向のような気がする。

私は東京とか大阪、また一種特殊な京都という町にしか住んだことがないので、どうしてもひかえめな人間の気持ちには接する機会が少なかったのだろう。もちろん都会にもそういうスタンスの人はいるけれども、やはり自己主張の強い人間が多く、また生活指導や教育も、積極的な人間を推奨するような傾向があるように思える。

気がちいさいとか、弱いとか、はっきり自己主張できないというのは、もちろんウイークポイントではあるけれども、うまくつかえば、控えめな、一歩を他人にゆずる優しさにかえることのできるチャンスだとも思う。
素敵とか、おいしいとか、ホスピタリティとかは、むしろ積極性の対極にあることのほうが多い。

マイナスも、プラスのひとつではないのか。
そう思う時がある。


夜は正福寺でPAのセッティング、映像上映のチェック、アンプのチェック。ディーゼルギターのサウンドチェック。また夜の2時までかかってしまった。




kishidashin01 at 23:59|Permalinkclip!日常