2008年04月

2008年04月20日

ジ・ワンズ

東京へ日帰り出張。
新幹線、新しくなっていたのですね。


で東京から大阪に帰る前に、ちょっと買いたいものがあり、秋葉原に立ち寄る。
日曜日の夕方とあって人出も多かったが、それでもピーク時は過ぎていたのかもしれない。

工事中や、以前はあった店がなくなっていたり、ずいぶん様変わりしている気がする。
もちろんしぶとく営業しているパーツショップなどもあるが、パソコンショップなどはどこも経営がきついはずで、それでもなんとかがんばっている様子がうかがえる。

webショップの時代、秋葉原でも筐体もののPCはもう店頭ではあまり売れないのかもしれない。ヨドバシカメラの影響も多大にあるだろうか。
店頭でモノを売る意味を、いろいろ考えさせられた。

今日は休みだったようだが、ガード下の1坪ショップが並ぶ中に、以前は「ベルト専門店」があったが、いまでもあるのだろうか。
輪ゴムの専門店のような店先で、数ミリ単位の輪ゴム状のベルトをありとあらゆる種類を販売している。
10年ほど前、友人に頼まれて、フロッピーディスクドライブの中の駆動部分に使用されている細いベルトを購入した記憶がある。
店主は目が不自由で、指先の感覚でミリ単位のベルトを識別していた姿が忘れられない。そしてその店にひっきりなしにベルトを買い求める客の姿があったのもよく覚えている。

きっと「そこにしかないもの」なんだろうな。
確か「ネジ専門店」も秋葉原にはあったはずで、ここはまだ営業しているに違いない。

そこにしかないもの、か。


kishidashin01 at 23:59|Permalinkclip!日常 

2008年04月19日

コブラツイスト

心斎橋の複眼ギャラリーで3人展。

in my room 2
岩井知子/羽部ちひろ/立原真理子
http://www.fukugan.net/jpegbox/title.html

アウトドアホームレスの佐伯君が夕方寄ってくれ、この展示が今日からで、そのパーティをやるという。仕事が一段落したら行きますよ。

で、顔を出すと、巨人のミッコくん、ソルマニアの大野くん、あふりらんぽのオニちゃん+あかちゃんなどでワイワイとたこ焼きパーティ。私も参加させてもらった。
岩ちゃんとも会うのは久しぶりだ。

昭和の頃のステレオセット(ちゃんと音が出る)で、道でひろってきたというクイーンのベスト盤をかけながら、展示のタイトル通り、誰かの部屋でパーティをしているかのような雰囲気。
オニちゃんが「40代の男の人はみんなコブラツイストをかけられるらしい」なんて話をしだして、私と大野くんとで技のかけあいをするも、お互いコブラツイストがどんな技か覚えていなくて、単に肩組んで仲良しの図。みんな大笑い。

岩ちゃんのイス、きれいだったなあ。
また平日にゆっくり展示を見に来ますね。

おそらく会場にいた面々では私が最高齢だろうか。それとも48も43もいっしょか。
でもこうして48にもなって、若いアーティストのたまごやバンド連中と同じ場所にいれることには、きっと感謝しなきゃ。今日のクイーンやたこ焼きや赤ん坊のことも、一生忘れない思い出になりそうだ。

佐伯くん、さそってくれてありがとうね。
今度モタコくんもさそって一緒に飲みに行こうや。

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2008年04月18日

おおきな木

おおきな木


この本を読んだのは高校生の頃だったろうか。

厭世的な高校時代だった。過激な音楽や、ややこしい音楽に傾倒し、普通のものをとにかく卑下していた。夢もなく、将来など来なければよいと思っていた。すさんでいたし、なにもかもどうでもよかった。

そんな時、学校帰りに友人Hと寄った児童書専門店「きりん館」で、彼が「この本、ええで」とすすめてくれたのがシルヴァスタインの「ぼくを探しに」で、その後に自分で興味を持って選んだのが「おおきな木」だったと思う。

この本は何通りにも解釈のできる、そして人間なら誰しも突き当たる命題の答えを提示している。
シルヴァスタインはもっとシンプルに書いた気がするが、解釈は自由だし、その自由に解釈できるところに作品の大きさがある。

この本を読むと泣いてしまう時もあるし、まるで涙の出ない時もある。きっと気持ちのシンクロニシティが重要な本なのかもしれない。

その後、児童小説をずいぶん読むきっかけになった。小川未明や新美南吉の本はすべてきりん館でそろえた気がするし、ホームズものも全部再読した。ヤンソンも今井誉次郎も石井桃子もこのきりん館で再会し、再読できた。

しかし気持ちがすさむことと、児童小説を読むことは、自分の中に奇妙に同居していた10代後半だった。
もう少ししたら、このあたりのこともどこかに書こうかと思う。


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2008年04月17日

雨のベアーズ

ちょっと風邪気味。午前中はもう今日はダメかなと思っていたが、午後に元気になった。

夜はベアーズのライブに足を運ぶ。

<ゆうさりゆうされば>
今日はライブ前にボーカル&ギターのファギちゃんと話ができた。
ライブはいつもは彼女のソロだが、今回はベースとドラムを加えたバンド演奏。
菊ちゃんと野間くんがいたころの花電車のようなヘヴィな演奏。ボーカルの歌詞が聞こえないのが残念無念。でも、いつか東京でも彼女を紹介したいな。
演奏終了後、持っていなかったカセット作品と新CDR「犬使い」を購入。楽しみ。

<ノイズわかめ>
ノイズわかめは今まで何度かライブを見たが、今日のライブではじめてノイズわかめが何なのか理解できた気がする。1、2曲目は永劫の宮殿あたりのホークウインドを思わせるが、3曲目が最高によかったね。新ドラムの女性のがんばりが手に取るように伝わってきました。あいこちゃんも見に来ていたね。
好き嫌いははっきりするかもしれないバンドだが、今後もがんばってください。応援します!

風邪がひどくなるとしんどいので、中座させてもらう。

帰宅後、あちらこちらからメール、その返事。
いくつかのこと、うまく進行中。スハラくんにもいくつか頼んだし、実現すればもっといろいろ頼みます。よろしくお願いします。



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2008年04月16日

後方不確認

早朝より、AMSや事務所の荷物や機材などを車で運ぶ。
手配していた車がうまくいかず、予定より小さな車に大量の荷物を詰め込むことになった。

うーん、これは1回では無理かな、とも思ったが、キュッキュと詰めていくとなんとかなりそう。

さらに詰めて詰めて、思っていた荷物は全部載った。
「うしろがぜんぜん見えませんね」と大阪スタッフT。
「大丈夫、オレは人生、前しか見ていないから(笑)」

なんせイノシシ年生まれなもんで、後悔したとしても、前しか向けないのかも。
ちょっとは後悔しろよ、と思う時もあるが、そんな時はデレク・ベイリー先生のお言葉「批判も、賛辞も、どんな批評も一切無視すること」が頭をよぎる。

人間は弱い。けなされるとへこみ、ほめられると喜ぶ。
批判のみを無視してほめられる言葉だけに耳を傾けるのもなさけない。

少なくとも音楽の演奏に関しては批評も賛辞も一切無視すること、というスタンスは、いいですね。

みなさんも「どうせ誰も聞いていない」と思って演奏してください。
そんな演奏が、けっこうよかったりするんで!


あ、本当に誰も聞いていない時もあるんで、気をつけて!



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2008年04月15日

引き出し

あなたの机には、引き出しはいくつある?


ギタリストは引き出しの多い人がいい。

例えばアルバム1枚を録音する時、ギターを何本も重ねる時、誰かと真剣なセッションをする時、引き出しが多いと本当に役に立つ。

正統派、技巧、スピード、変化、ワイルド、繊細、泣き、叩きつけるような、伸ばすような、叫ぶような、幻想的、恐怖の、ほのぼのとした、笑ってしまうような、セクシーな、聞こえるか聞こえない程度の、豪快な、本当の、大嘘の、絶対にマネのできないような、必殺技、飛び道具1、飛び道具2、飛び道具3...。

こんなギターの引き出しがあれば、ずいぶんおもしろい演奏が出来る。
自分の知っているギタリストで、現役であれば、最も引き出しの多いのは山本精一くんか、灰野敬二さんだろうか。

うまいだけ、才能だけなら、いくらでも凄い人はいる。
ああ、でもそれではおもしろくないのである。

若さだけでも、続かないから。

引き出しがたまに空になる時もある。でも引き出しの数があれば、またどこかから出てくる。

人生とか、生きるとかってことも、そんなもんじゃないかな。
引き出しがたくさんあれば、乗り切れることも多いはずだ。

最近はすぐに自殺したり、人をかんたんに殺したり、かんたんに犯罪を犯す人が多い。そういったニュースを見聞きすると、引き出しさえあればね、と思う。


あ、たまにですが、まるっきり引き出しのないギタリストもいます。
そんな人にかぎって、自分とキース・リチャードを並列で語ったりするので、困ります。(笑)


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2008年04月14日

努力の人

音楽誌「ミュージックマガジン」のインディーズ盤レビューは行川和彦氏で、もうずいぶん長くこのコーナーを担当している気がする。わずか2ページで、毎月もの凄い数のインディーズ盤からチョイスして記事を書くのはきっと骨の折れる仕事だと思う反面、ここに紹介されたからといってそのインディーズ盤が売れるかというとたいがいはそんなことはなく、演奏者が自分の出した盤が雑誌に掲載されたという自己満足以上のものがここにあるのかどうかは、正直わからない。

1980年代はこのコーナーは藤本和男氏が書いていた時期があったはずで、ほとんどのインディーズ盤を酷評していて、私は毎号そのページを立ち読みしながら笑っていた。
しかし真面目な読者も世の中にはいるわけで、藤本氏の原稿に対して『演奏者が一生懸命努力してつくったものをけなすのはけしからん』と編集部に手紙を書いた人がいるようだった。その投書が原因で藤本氏がこのコーナーをおろされたのかどうかは知らない。しかし藤本氏の原稿の最終回にはこの投稿への返答が書かれていた。いわく『そうは言うけれども、一生懸命努力していい音楽がつくれるならこんな楽なことはない』という内容の、およそ藤本氏らしい切り返し方でこのコラムを締めくくっていたのを覚えている。

最近はそうでもないが、以前はアルケミーにもよくデモテープが送られてきていた。たいがいはとるにたらない音楽で、アルケミーからリリースすることなどまずない音源がほとんどだったが、聞いた感想を求められるのがつらかった。
よかったですよ、などと言えば期待を持たせてしまうし、正直におもしろくなかったと言えばへこむか、逆に怒ってきたりする。なのでなるたけ無返答で、その返答がないあたりを察して欲しいと思うのだが、そういう気持ちをくめない人たちのほうが圧倒的に多く、多くは気に入ってもらえたのだとか思ったり、逆に私のことを責めたり怒ったり嫌いになった人たちが多かった気がする。そんな感じで、もうデモテープは受け付けていない、というスタンスを長くとっていたのだが、インディーズレーベルがそんな姿勢でどうする、だいたい新人発掘はデモテープも受け付けないでどうしているのだ、などと、これまたおせっかい&逆キレのような接し方をしてくる人もいて、けっこう困りました。

最近はそういうのもめったにないですけど。
きっとネットとかmixiとかで気軽に自分のバンドや音楽を宣伝できるようになって、それなりになっていると簡単に思えるからではないかなと思ってるのですが、どうなんですかね。

雑誌で酷評されることもなく、ネットで身内でほめあっていたら、もっといい音楽はでてこなくなる気がするなあ。
そしてネットのどこかでちょっとボロクソに言われたらめげてしまって、音楽を作ることも紹介することもやめてしまう、そんなひ弱なミュージシャンやライブの企画者やレーベル運営者があんがい多いのではないかと思ってしまう。

一生懸命努力していた音楽は、まだ藤本氏が原稿を書いていた時代(80年代)のほうが多かったのかもしれない。ああ、でもやっぱりおもしろいものではなかったかもしれませんね。(笑)

努力していいものができるなら、こんなに楽なことはない。
この言葉、教訓にさせてもらっています。
第五列の藤本さん!


あ、でも努力はしなくちゃいけないよ。
しかもハンパじゃない努力!普通の努力では、あかんようです。


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2008年04月13日

同じ顔の男

黒澤映画のDVDは14枚も家にあった。開封もしていないタイトルも多数あり、どうやら数年前に台湾で購入し、そのまま押入で眠っていたようだ。
「用心棒」「椿三十郎」を見る。若い頃は「羅生門」が一番好きだったが、今なら「椿三十郎」のほうが好きかもしれない。


今日はGARADAMAの柿木がカード屋に寄ってくれた。いろいろ話をしたが、DOODLESのあっこちゃんの話にもなった。もうずいぶん会っていない。DOODLES名義ではもう活動していないので、それが残念という話もなった。

あっこちゃんは今はあみのめというユニット、寺島暁子+利光雅之のDUO形式で活動しており、昨年はAMSでもライブをしてくれた。来週には岐阜や、浜松のルクレチアでもライブを行うはず。そちらの地域の方は足を運んでみてください。ルクレチアは柳茶屋が対バンのはず。これもいいバンドです。

私はいまは髪の毛は短髪だが、10代〜20代前半の頃は長髪だった。ちょうどばるるさんや利光くんのような風貌で、彼らは優しそうだが、もっと目つきはきつくピリピリした雰囲気があったらしい。たぶん気持ちもすさんでいたから、きっといやなヤツだったと思う。(笑)
1979年末にウルトラビデでライブをした時、渚にての柴山くんが客席にいたらしく、ライブ後トイレで私とすれ違い、こわい思いをしたという思い出話を、昨年のAMSでのトークショーでしてくれた。

こんな不思議な話をすると広重さんはオカルトや神秘的なことが好きな人と思われそうだが、別にそんなことはない。そういったものはあるかもしれないが、だからといって何なんだ、と思うほうで、そんなものにまどわされないで欲しいとすら思っている。

で、何の話かというと、私はもうひとりの自分に会ったことがある。

自分と同じ姿をした人が世の中には3人いる、というが、1979年、19才か20才のころ、大学生で京都に住んでいた時代の話。
京都市内、三条河原町を少し南に行った東側に、十字屋河原町店というレコード屋があり、その日もレコードを見て、誰かと会う約束に少し時間があったため、となりのマクドナルドの2階で食事をした。食べ終わり、さあ店を出ようとした時、自分の斜め前の席に、自分が座っている。
服装は同じではなかったが、髪型、顔、メガネをかけているところもすべて、自分と同じ顔である。びっくりして少しの間相手を見つめていたら、その視線に相手が気がつき、相手も私を見てびっくりしている。その間、数秒。

何か見てはいけないものを見たような気になり、何ごともなかったように食べ終わった紙くずをダスターに捨て、マクドナルドの店を後にした。

利光くんやばるるさんと会うと、なんだかいつもそのマクドナルドの2階で見た自分と同じ顔の男のことを思い出すのだが、ふたりにはまだ話していない。


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2008年04月12日

イヌノココロ

ネコを飼っていたことはあるが、イヌは飼ったことがない。
いや、姉の話によると私が生まれる前か生後間もないころにイヌを飼っていたことがあるそうだが、写真もろくに残っていなかったようで、家にイヌがいたという印象はない。

ネコは背中にどんぐりのような模様のあった白いネコ「シロ」、その子供の「ミー」(医者に連れていく時に失踪)と「チビ」を、小学生から大学の頃までの約15年間にわたって飼っていた。シロが子供を産むと、たいがいは私がこのまま飼おうと申し出るも、父親が夜中にこっそりとどこかに捨てにいっていたようで、朝になると子供がいなくなったのに気付いたシロがあちこち鳴きながら探す姿がかわいそうだった。

「チビ」はある時数匹生まれたなかでも格別に小さくて弱そうな子猫で、どうしても私が育てると言ってきかなかたっため、生存を許された1匹だった。私が大学を卒業して東京に行く時にはまだ家にいたはずだが、数年後に死んだはずである。

動物にも意識があり、きっと言葉があり、何か考えており、人間の気持ちもわかっている。そう思うことにしているし、意地悪そうなネコや頭のよさそうなイヌを見ると、なんだか嬉しくなる。

イヌを題材にしたマンガでは「ロダンのココロ」が好きだった。朝日新聞に連載していた頃、楽しみにしていた。単行本も数冊まだ持っているが、もう10年以上前の連載だったんですね。

「ロダンのココロ」の原作者・内田かずひろさんは、シンガーの中川五郎さんとジョイントのイベントをしたりしているみたい。
http://rodakoko.exblog.jp/

いつか中山双葉ちゃんとも、共演して欲しいな。

「ロダンのココロ」は単行本の第一巻が素晴らしい。
その中の1編、春になって喜ぶ飼い主のお嬢さん。それを見ているロダンの心の中のセリフが秀逸だ。人の笑顔こそが本当に素晴らしいものであることを、イヌも知っているのだ。

双葉ちゃんの歌が聞きたくなった。
早くライブ活動再開してくれないかな。

もう春だよ、双葉ちゃん。




kishidashin01 at 23:20|Permalinkclip!読書 

2008年04月11日

羅生門

先週、NHK-BSで黒澤明監督の「羅生門」(1950)を放送していた。その日は帰宅が遅くなり、エンディングの下人が捨て子の産着を奪うシーンあたりから最後までを見てしまった。

久しぶりに見たこの映画の前半部が気になり、確か我が家には黒澤映画のDVDが10数本あったはず、と探すと棚の奥に「羅生門」のDVD発見。今夜時間を見つけて全編を視聴。

もちろんこの映画は脚本も映像も音楽も演技も素晴らしいけれど、この映画のテーマが現代にも通じるところに日本人が根本的になにも変わっていないという現実を見る思いがする。

京都の山科あたりの藪の中、男と妻のふたり旅を遅う盗人の多襄丸。強姦と男をしばりあげるまでの展開は同じだが、登場人物のその後の証言の食い違いに人間の深層を見る内容だ。
今見ると死んだ男を霊媒師で呼びだして証言をとるシーンが秀逸。
映画や映像クリエイターを目指す人間なら必ず見るべき作品。

法師役の千秋実、ディーゼルギターのNくんに似ている気がします。(笑)




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