2007年07月

2007年07月12日

こころは糸電話のように繋がっている

とうめいロボの曲に「ルルカ・リルカ」という曲がある。
ギューンから出た1stアルバムにも収録されているし、ライブでも後半に演奏されることの多い、彼女の代表曲か、ハイライトになるような名曲だ。

その歌詞の中に

愛は 消えないよ
君が 空に還っても
愛よ 消えないで
僕が 空に還っても

という部分がある。
たまにライブでは「空に還っても」を「土に還っても」に変えていることがある。

そうね。
陰陽で言えば、精神は陽で、肉体は陰になる。
人は死ねば精神は空(空/乾も陽)に還るし、肉体は灰になり、土(土/坤も陰)に還る。だから歌詞はかわっても、ちゃんと意味はつながっている。

肉体のみならず、存在自体が消えたとしても、愛や、思いは、残る。
怨みや妬みなどの思いが残るのはカンベンしてほしいが、優しい気持ち、大きな愛が残るのはうれしいし、残したいと思う。

アルバムを作って音や歌を残したい、記録したいという気持ちも、そういうところから起こっているのだと思う。
でないと、レーベルなんてやってないよなあ、スハラくん、松谷くん。


愛は 消えない。
いい言葉じゃあないか!


kishidashin01 at 23:21|Permalinkclip!音楽 

2007年07月11日

眉山

そりゃあ涙だってでるさあ。

オレだって、ヒトだもの。



その場所は、大切な場所さ。


kishidashin01 at 22:55|Permalinkclip!映画 

2007年07月06日

今の音楽を

非常階段のメンバーであり、インキャパシタンツのメンバーでもあるコサカイくんがコラムを始めるという。

URLは
http://members2.jcom.home.ne.jp/warmgarden/

で、ぜひ見てみてください。

どこの雑誌でもあるような過去の「埋もれた名盤」の記事ではなく、今の音楽で、そしてもっと広く聞かれるべき音楽を紹介したい、というコサカイくんの意図はよくわかる。
そういったコラムはほとんど皆無だから、ぜひ継続してほしい。
第一回は非常階段ということで、「ラスト・レコーディング・アルバム」を取り上げてくれた。自分の参加しているバンド、まして自分の近親のメンバーが参加しているものを取り上げるのはさぞ勇気がいったと思う。ありがとうね。

でも、実は「ラスト・レコーディング・アルバム」は在庫があまりなくもうすぐ売り切れです。このあたりのアルバムはちょっとゴタゴタあったI社との関係で製造されており、最近の作品はなんの問題もないのですが、この時期にリリースされたアルケミーの商品は追加プレスが難しくなっており、売り切れるとしばらく品切れ状態になりそうです。そのあたりよろしく。


そうね、過去にリリースされた作品や、アーティストを持ち上げるのはある意味簡単ですよね。
例えば三上寛さんや灰野敬二さんの過去作品や70年代のライブ音源を貴重がったり評価するのは容易だが、新譜をちゃんと評論している雑誌やメディアは皆無ですね。
まして今活動しているバンドやアーティストの作品は、発売された時こそ少しは取り上げられるけれど、その後に語られることは少ないねえ。
コサカイくんのみならず、志ある音楽ライターの方々、よろしくお願いします。

自分のコラム「こころの歌・最後の歌」は、自分の『こんな音楽を聞いてきた』的な自己音楽史的な部分もあるので、どうしても過去作品中心になってしまうね。
90作品を越え、そろそろ終盤です。アッ○リンクで単行本出版の話もあったのに。。。どうなんでしょう、まだこの企画は生きているのかな?Kくん。(笑)

書籍、映像のコラムも早めにどんどん書かなくてはと思っています。
引っ越しの時に出てきた本がおもしろくて。この時期や勢いで書いてしまったほうがいいね。
昨夜は阿木譲の「ロックエンド」や、DOLLの増刊「パンク天国」などに目をとおして、なんだか深く気持ちが落ち込んだけれど、まあ、そんなもんだよねーって感じ。
間章は映画まで作られて、阿部薫と共に神格化されつつあるけれど(そんなたいそうなもんじゃあないと思うけれど)、阿木譲の、特に関西の70年代末〜80年代頭の音楽シーンへの影響はもっと評価されてもいいかな。まあ、どうでもいいけど。

読みたい本がいくつか出てきた。
探す時間がないので、アマゾン経由の新古&古書店を利用する予定。
しかたないね。
「しょうがない」で辞任した大臣もいたけれど、「しょうがない」という言葉はあまり使ってはいけないね。「しょうがない」ことも確かにたくさんあるけれども。





kishidashin01 at 20:39|Permalinkclip!音楽 

2007年07月03日

監督のしごと

野球を見だして40年くらいになる。

阪急が球団経営をあきらめた時に一旦野球を見るのをやめたが、赤痢を連れてアメリカに行った時、ブッキングやレコーディングのセッティングをしてくれた、当時パブリック・バスというレーベルも運営していたデビッド・ホプキンス氏と、マジソン・マスキーズという1Aのマイナーリーグ野球チームの試合を見てから、また野球もおもしろいな、と思うようになった。
デビッドさんには野球カードもおしえてもらい、その後、野球カード屋を開店するきっかけにもなっている。

マンガ・巨人の星から野球ファンになり、巨人や阪神、そして阪急ファンになったが、90年代にまた野球を見だしてからは、特定の球団に熱中することはなくなった。
毎年、その年の応援球団を適当に決めている。昨年は日本ハム、一昨年は楽天だった。

今年は楽天を応援している。
昨年はイマイチ花開かなかったが、今年はマー君・田中の入団もあるが、やはりノムさん・野村監督の野球が楽天というチームに染みわたった感があり、試合がおもしろい。

野球というゲームはピッチャーで5割は決まる。残りについてはいろいろ野球ファンの意見があるだろうが、私は監督で3割以上は決まると思う。打線は水ものなのだ。

野村監督のゲームは、南海の選手件監督、ヤクルトの監督、阪神の監督を経て、今、一番おもしろい野球をやっていると思う。監督という職業が外国人や若手に担われていく中で、ジジイの、そして辛苦をなめてきた野球人の監督はもう野村監督だけだ。

だからロートルやケガ、スランプに陥った選手の起用法が実にうまい。
ちゃんと復活の機会を与え、そして「もう1度」という道を自分でつかませる手腕は、いまや世界一だろう。若手の使い方、育て方もうまい。マー君など、1年目からこんなに投げられるとは、本人もまわりも誰も思っていなかっただろう。

現在は楽天の試合=野村監督の試合である。
そのあたり、おもしろがっている。

現在の音楽がおもしろくないと言われて久しいが、もしそうだとしたら、それはディレクター、プロデューサーの責任だと思う。
アーティストの意見をくむばかりで、実際はアーティストの好きなように演奏させ、曲を並べ、売れなかったら捨てるというだけなら、正直ディレクターという仕事はないも同然ではないのか。
どんなに才能があっても、所詮は10代、20代のミュージシャンより、40代50代の音楽の専門家のほうが音楽をよくわかっていたはずで、もっとこうしたら売れる、本人にとっても良いはず、という指導やコントロールがもっとなされるべきだったのだろうと思う。アーティストも自分の好きにさせてくれるレコード会社が一番、という選択肢を重視してきすぎたのではないだろうか。

野村監督の野球なんかを見ていて、なんともなしにそんなふうに思った。
野球選手が監督のサインもなにもなしに、自分の好きなように投げ、売っていたら、野球なんてもっともっとつまらないだろうから。

自分の好きなことしかしない、自分の好きなことだけをする、というのは、ちっとも素晴らしくない。



しかしCSかケーブルに入らないと、ラジオ以外ではまるで野球がテレビ観戦できなくなった。なんだかアメリカっぽい。




kishidashin01 at 21:37|Permalinkclip!日常